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FILM ART 通信
オーディエンス革命



No.2 観客のアクションが映画を前進させる
大場健


かつて映画監督の吉田喜重※1はこう言っている。
「映像に言葉を与えることが出来るのは、観客だけである。映像は作家の内面の、精神運動として、そこに放出されたものであり、それを接合して、未来に向かって意味を投げかけることが可能なのは観客であって、作家では決してない。映像は作家のものではなく、私がそれを所有することは出来ない。見る=見られるという、作る側と観客との関係を逆転させることだ」※2

1969年の発言だ。吉田の思想は、自身の作家性を消してでも作る側と観客の境界を取払うことに比重を置いていた。「作家と観客が五分五分の対等な関係を築くこと」「映像が観客と対話できる映画にすること」「お互いに“見返し合う”関係を生み出すこと」。これらの言葉は、多様なメディア発信が可能な現代において有効性を増している。

Twitterでは観客の率直な声がうかがえる。先日公開され話題を呼んだタル・ベーラ監督の『ニーチェの馬』を例に見る。「重厚なテーマがトラウマのように心に残った」「力強い映像に勇気づけられた」──何気ない平凡な言葉だが、対照的である点が作品の視野を深める。「今の日本と重なるような終末世界」「誰かの夢の中に彷徨いこんだような体験」──各個人の立場から見る観点が想像を膨らます。140字以内の短い文章によって、映画を他者と共有していることが重要に思う。長文ではなく即興感覚の対話。映画の深い部分までは言及できないが、映画の可能性が押し広がる。ちなみに、『ニーチェの馬』には明確な結論は用意されていない。見終わっても、観客が模索し対話し続けることで、物語はさらに前進しているように見える。映像と観客による、興味深い循環作用だ。

映画はそもそも共同作業によって作られる。監督、カメラマン、俳優……大勢がいる。そして、彼らが苦心して作ったものを、観客はリスペクトしながら見る。そのとき映画は、初めて作家のみの所有から離れ、「作家と観客」そして「観客と観客」の共同関係の場へとステージを変える。「自分はどう感じたか」「自分ならどうするか」「賛同の意見」「反対の意見」。「間違っててもいい、何らかのアクションをとることが大切なのだ」。冒頭の吉田の言葉は、観客にそう促しているようにも思う。自分の言葉を発信し、映画へと投げ返す意識を大事にしたい。


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左:『炎と女』(1967、吉田喜重)
右:『ニーチェの馬』(2011、タル・ベーラ)





■推薦図書

        


・『吉田喜重全集[68-73] 性と政治の季節』 (DVD、ジュネオン・エンタテイメント)
 『エロス+虐殺』『煉獄エロイカ』『戒厳令』など意欲作を発表した時期の作品集。
 前衛的な映像美の中に、作家と観客の間の溝を埋める強い意志が感じられる。

・『イメージ・リテラシー工場 フランスの新しい美術鑑賞法』
 (ジャン・クロード・フォザ他 著、フィルムアート社)
 どのようにイメージを読み解き、どのようにイメージを生み出すかについての画期的な入門書。

・『キュレーションの時代』 (佐々木俊尚 著、筑摩書房)
 自ら選び取り接合していく能動的な力が映画においても求められる。




■関連リンク、参照元など

※1 1933年、福井市生まれ。松竹・大船に助監督として就職する。木下恵介のチーフ助監督を4年間勤めた後、26歳の時、自作シナリオ『ろくでなし』で監督昇進。彼の多くの作品は、性と人間のエゴの在り方がテーマとなっている。2003年にフランス政府より芸術文化勲章オフィシエ章を贈られる。2008年には、パリのポンピドゥー・センターにて劇映画全19作が上映された。

※2 『映画芸術』1969年9月号より