ジャンル・シリーズ別

アーカイブ

特集

 sougyou.gif
 ita_banner.gif
 practicalogo2.gif
 NCB_logo.jpg
 jibunshi_banner.jpg
 shopcart.gif

お問合せ・連絡先

株式会社 フィルムアート社
〒160-0008 東京都新宿区三栄町10番地 四谷コーポ

TEL: (03) 3357-0283
FAX: (03) 3357-0679

■E-mail:
filmart@netlaputa.ne.jp

RSSフィード

« 映画の考古学 | メイン | Next Creator Bookいま、ここからの映像術 近未来ヴィジュアルの予感 »

メカスの映画日記 ニュー・アメリカン・シネマの起源 1959-1971

★創業40周年記念復刊★

ジョナス・メカス著/飯村昭子訳/A5判/400ページ/3200円+税

伝説の映画作家ジョナス・メカスの貴重なドキュメント! 神話的名著、待望の復刊!

アメリカにおける個人映画・非商業映画への道を切り開いていったジョナス・メカスが、1959年~1971年の日記を通してその時代精神を刻み付ける。
これほど非妥協的に、熱烈に、映画と人生のあり方を指し示した本があっただろうか。個人映画への熱望をみなぎらせて、既成のものに痛烈な弔辞を送る! 絶賛発売中 

■蓮實重彦氏による本書評は詳細ページへ(『シネマの記憶装置』所収*1979年小社刊)



蓮實重彦氏による書評

 『メカスの映画日記』と呼ばれる一冊の書物(だが、それにしても、これは本当に
 “一冊の書物”でしかないのだろうか?)が途方もなく美しく感動的なのは、
 「非=商業映画」の熱烈な擁護というその戦略的姿勢にもかかわらず、偽りの境界線
 の設定にしか貢献しない「排除」と「選別」の身振りを、おのれにかたく禁じている
 メカスの晴れやかな表情が、あらゆるページに充満しているからにほかならぬ。
 ジョナス・メカスが“前衛”でありうるとしたら、一般に“前衛的”と見做される
 もろもろの作品を顕揚し、みずからもまたそうした作品を撮っているからではなく、
 まさに、前衛と前衛ならざるものとの中間に凡庸な魂たちが捏造せずにはいられない
 あの虚構の境界線を、いたるところで曖昧にしてしまうからなのだ。
 彼は、“確立された権威”への反抗を気取り、“根源的なるもの”への回帰を装う
 ことで前衛たらんとする怠惰な精神の持ち主ではない。ありもしない境界線を
 設定し、そのこちら側を既知の世界、その向こう側を未知の世界と思い込んで
 越境をくわだてるあの掃いて捨てるほどいる疑似冒険者のひとりではなく、いま、
 この瞬間に立っているその地点で、時間意識と方向感覚への執着をも放棄しながら、
 積極的に曖昧さと戯れうる人間だという意味で、彼は前衛なのである。
 真の冒険者とは、「排除」と「選別」の機能しえない場に自分を置こうとする
 反=冒険者以外のなんであろうか。(以下略)
 (『シネマの記憶装置』より抜粋、“ ”は原文では強調傍点である)




「映画批評について/
 その内容を説明するのは私の仕事ではない。私の仕事はそれに対する興味をそそり、それに対する
 あなたの注意を呼び起こすことである。私は映画にとりつかれた夢遊病者だ」――ジョナス・メカス

アンディー・ウォーホールの聖なるテロリズムを論じても、変わりゆく映画言語、あるいは映画ジャーナリズムに無視された芸術を語っても、ジョナス・メカス独特の“狂気”――映画芸術と芸術家に対する彼の盲愛――がこの本のいたるところに滲み出る。過去10年以上にわたるメカスの、「ヴィレッジ・ヴォイス」のコラムをまとめたこの「映画日記」は、彼がニュー・アメリカン・シネマと命名した新ジャンルの誕生と幼年期の日記である。
マーカプロス、スタン・ブラッケージ、ジャック・スミス、アントニオーニ、ケネス・アンガー、ロバート・ブリアに対する鋭い作家論。ハリウッド映画についての痛烈なコメント。若い映画作家におくる忠告。平然と我を忘れた批評。たえず虚実を排して美しさをとり、無意味さを排して意味をとるメカスの情熱的に正直で人間的な思考が、新しい芸術の感覚的な世界の全域に私たちを導くだろう。




■PROFILE■

著者:ジョナス・メカス Jonas Mekas
1922年リトアニア生まれ。ナチス・ドイツ占領下で抵抗運動を行なうも、49年までドイツの収容所に収監。アメリカへ亡命後、54年『フィルム・カルチャー』誌を発行。58年に『ヴィレッジ・ヴォイス』誌に「ムービー・ジャーナル」を連載。「ニュー・アメリカン・シネマ・グループ」の設立に協力。89年にアンソロジー・フィルム・アーカイブス開館。主な作品に『リトアニアへの旅の記憶』『営倉』など。




■CONTENTS■(抜粋)
1959年
 映画感覚錯乱への呼びかけ
 マヤ・デレンと映画史
 地獄で悪魔は『歴史は女で作られる』の配給業者に何をするであろうか
 『ひな菊を摘め』と映画の真実
 脚本書きを撃て
 醜悪さには醜悪さで戦うことについて

1960年
 黒澤明と『酔いどれ天使』について
 二通りの『アメリカの影』
 友情と同性愛について
 反白人映画について
 映画配給業者打倒!
 『残酷な目』について
 『樹々の大砲』の撮影について
……等々

1961年
 インディペンデントな映画作家の創造の歓び
 ロッセリーニとホークスについて
 アクション映画擁護論
 価値観、ゴダール、女のつま先について
 スタン・ブラッケージについて
 モニュメンタリスト映画とファシズムについて
 ジェローム・ヒルへのインタビュー
 ロバート・フランクのペシミズムについて
……等々

1962年
 映画詩人マリー・メンケンへの賛辞
 アントニオーニと『夜』
 ハリウッドの人工性を称賛する
 スタン・ヴァンダービーク、爆弾時代の諷刺家
 アラン・レネと商業的アヴァンギャルド
 ジャン・ヴィゴについて
 グレゴリー・マーカプロスについて
 『コネクション』と人間の不確かさ
 ニューヨークの新聞映画批評家への公開状
 一流の芸術家の二流の作品について
……等々

1963年
 『燃え上がる生物』とニュー・シネマのうっとりするような美しさ
 アンダーグラウンドとフラハティ・セミナー
 アンディ・ウォーホールについて
 ゴダールと主知主義
 マーカプロスと『ふたたび男が』について再考する
 シネマ・ヴェリテと人間の声の真実について
 ジョーゼフ・コーネル、みせかけのない詩人
……等々

1964年
 ロン・ライスが精神病棟に監禁された
 拡大された視覚について
 アンダーグラウンド・スター映画の出現
 検閲についてアンダーグラウンドからの声明 
 牢獄からの報告
 ふたたび検閲制度について
 ブラッケージ、8ミリカメラを買う
 ドリーム・マシンについて
 ウォーホール、エンパイアを撮影する
 ロバート・ダウニーについて
 クチャーの8ミリ白書
……等々

1965年
1966年
1967年
1968年
1969年
1970年
1971年