ためし読み

『マンガの裏技 ヒット作を生み出す50のコツ』

はじめに ルールではなくヒント

この本は、マンガの描き方のルールを定めるものではありません。

マンガはもっと自由で、もっと楽しく描いていいものだと僕は思っています。
だからこそ、この本も「こうしなきゃいけない」と型にはめるのではなく、「こんなやり方もあるよ」「こういう考え方があるかもね」といった、迷ったときのヒントや新しい気づきを届けられるものにできればと思い執筆しました。
僕はこれまでマンガ編集者として、たくさんの作家さんの作品制作をサポートしてきました。バトル、スポーツ、コメディー、青春ドラマ、SFやファンタジーなど、ジャンルも作風もさまざまで、そのほとんどがデビュー作品を一緒に立ち上げる新人作家さんや、重版を経験していない若手作家さんたちでした。
作家さんのタイプも創作スタイルもバラバラで、アイデアの出し方、キャラクターの作り方、ネームの進め方もまったく違います。一人ひとり創作のスタイルが異なるので「こうすれば正解」というものはありませんでした。
編集者の仕事も同じで、マンガ媒体の編集部ごとに完成されたノウハウや教材があるわけではありません。作家さんと打ち合わせをしたり、読者にどう届けるのかを一緒に考えたり、作品を公開し一話ごとの読者の反応を見たりしながら、少しずつ自分なりのやり方を見つけていく仕事です。

時代に合わせて読みやすさの基準きじゅんは変化し、面白いと感じる読者の感性も少しずつ変わっていくので、従来のマンガの創作技法から日々アップデートを重ねていく必要があります。そんな中で「マンガ作りに迷ったときに、指針になったり道しるべになったりするような情報って、意外と整理されていないな」と感じることが増えてきました。
そのような状況の中、もともとは後輩編集者向けに、個人的な趣味として創作のメモや資料をまとめていました。この本は、それらの資料をベースに、これまで僕が経験してきたこと、気づいたこと、そして作家さんたちと一緒に悩みながら見つけてきたことを、マンガ家や外部のマンガ編集者にも使ってもらいやすい形に整理し加筆したものです。
マンガを描いていると、ふと手が止まる瞬間があると思います。「これって面白いのかな?」「何か違う気がするけど、どうしたらいいんだろう?」「誰かに相談したいけど、どう伝えていいかわからない」そんなときに、この本をパラッとめくって、自分の創作スタイルに合った言葉や考え方を見つけてもらえたらうれしいです。
この本は『マンガの裏技』というタイトルをつけていますが、ここでいう「裏技」は正規のルートから外れた、システムのエラーやバグを逆手にとるようなものではありません。王道の技術や、長年の打ち合わせの中で見えてきた料理の隠し味のような小技、より早く料理を完成させるための処理などを指しています。どれも現場で「意外と効いた」「気づくと役に立っていた」と感じてもらえるであろう、創作のコツや秘訣のようなものです。
すべてを解決できる答えはっていないかもしれませんし、違う創作のやり方もきっとあるでしょう。
でも、ほんの少しでも、前に進むためのきっかけや、あなたなりの工夫につながるヒントが見つかればと思い筆を執りました。

読者は、新しいものを求めている。

そう聞くと、当たり前のことのように思うかもしれません。でも、これが本当に難しいのです。
僕がマンガ編集者としてのスタートを切ったのは、ウェブ媒体『裏サンデー』を立ち上げたときです。マンガ編集の仕事がしたくて出版社に入社しましたが、最初に配属されたのは女性ファッション誌『CanCam(キャンキャン) 』でした。
それから三年ほど経って、『週刊少年サンデー』に異動となりました。ファッション誌での経験があったこともあり、異動後も主にグラビアや記事系の仕事を任されることが多く、新人マンガ家の担当になるような機会にはなかなか巡り合えませんでした。
そのような状況の中、ウェブで活動している作家さんたちに注目するようになりました。サンドロビッチ・ヤバ子先生、だろめおん先生、ONE先生……いずれもウェブ上で連載形式の作品を発表しながら、個人で読者を集めていた作家の方々です。
ただ当時は、商業連載の経験がない作家は、まず月例賞などの新人賞を獲ったあと読切を描くという決まりがありました。その流れではスカウトしても連載にたどり着くまでに何年もかかってしまいます。
だったらいっそ自分たちで新しい媒体を作ってしまおうと、編集部の先輩と『裏サンデー』を立ち上げることにしました。二〇一二年のことです。

ちょうどその頃、ウェブでマンガを読む習慣が少しずつ広まり始めていました。
紙の雑誌は出版不況のまっただ中で、コミックスの部数や雑誌の数が減少していました。
時代が変化しているにもかかわらず、「少年マンガや週刊連載はこうでなければならない」というある種の規範きはんに支配されていたように思います。新連載として始まった作品も、ヒットしていた作品の物語構造にどこか似通にかよっているものが多く、僕自身も読者として「またこのパターンか」と感じることが増えていました。
もちろん、商業作品としてのマンガは、読者の需要じゅようがなければ売れません。ビジネスである以上、需要と供給きょうきゅうのバランスが大切だということは理解しています。だからこそ、読者のニーズに合わせて作品制作をする流れが強くなるのも当然のことだと思います。
でも、それだけでは「新しさ」が生まれにくいとも感じていました。
『裏サンデー』を立ち上げたとき、最初の五作品はすべて商業媒体での連載が初めての作家によるものでした。その作品たちがとても新鮮に映ったのは、「読者ウケ」や「流行」を追いすぎることなく、「自分はこれが描きたいんだ!」という衝動しょうどうを大切にしていたからだと思います。
当時の紙の雑誌が「週刊連載とはこうあるべきだ」と凝り固まっていた中で、ウェブという場所はずいぶん自由でした。
読者のリアルなコメントが直接届く仕組みもあって、作家にとっても編集者にとっても、風通しの良い環境だったと思います。

新しいものは、情熱と挑戦から生まれるというそのときに持っていた考えは、今も揺るぎません。
「これが描きたい!」「これが面白い!」と、世の中に殴り込むような気概きがいを持った人こそが、新しさのみなもとを持っているのだと感じます。人によってその原動力はさまざまで、反骨精神だったり、諦めない心だったり、純粋に「好き」という気持ちだったりするでしょう。
ただし、誤解して欲しくないのは、「好きなものを描く」ことと「読者に伝わるように描く」ことは、まったく別の技術だということです。どれだけ熱い思いがあっても、読者に届かなければただの自己満足になってしまいます。
だからこそ、伝えるためのコツが必要になります。
普遍的なテーマや流行を取り入れたり、読みやすい視点やコマ割りを設計したりといった実践は、決して迎合ではありません。それはむしろ、作品の魅力を読者にきちんと届けるための「橋」のようなものだと思っています。

今回この本を執筆するにあたって、「具体的な例がないと伝わりにくい」と思い、多くの担当作家さんにご協力をお願いしました。中には、キャラクターのデザイン画、設定資料、没になったネームや下書きなど、通常は表に出ることのない貴重な素材まで提供してくださった方もいます。
作家の皆さんもこの本の趣旨しゅしに賛同してくださり、「創作の一助いちじょになれたら」「作家を目指す誰かの役に立つなら」とこころよくマンガの原稿や素材を提供してくださいました。この場を借りて、あらためて心より感謝申し上げます。
どの作品も本当に面白いので、資料として楽しんでいただくだけでなく、未読の作品があれば、ぜひコミックスを買って読んでみてください(笑)。
以下に、この本に登場する作家と作品のリストを紹介します。

協力作家・作品リスト
サンドロビッチ・ヤバ子先生/『ケンガンアシュラ』『ケンガンオメガ』『ダンベル何キロ持てる?』『一勝千金いっしょうせんきん』(すべて原作担当)
だろめおん先生/『ケンガンアシュラ』『ケンガンオメガ』(すべて作画)
MAAM(マアム)先生/『ダンベル何キロ持てる?』『一勝千金』(すべて作画)
ONE先生/『モブサイコ100』
阿久井 真あくいまこと先生/『青のオーケストラ』
武蔵野 創むさしの はじめ先生/『灼熱しゃくねつカバディ』
七尾ななおナナキ先生/『Helck(ヘルク)』『異剣戦記いけんせんきヴェルンディオ』
ヨシアキ先生/『雷雷雷らいらいらい
艮田竜和こんだたつかず先生/『獣王と薬草』(原作)
坂野 旭さかの あさひ先生/『獣王と薬草』(作画)
ももちち先生/『獣王と薬草』(キャラクターデザイン)

本書は企画・ネタ、世界観・キャラクター、ストーリー・構成、コマ割り、作画・仕上げという技術面に関する五部と、マンガ家や志望者に向けた、デビューまでの道のりや創作の悩みに触れる一部を含む計六部で構成されています。
どの部からでも読める構成にしていますので、制作時につまずいたところからでも、気になるところからでも、お好きな部や章から読み進めていただければと思います。

この本が、マンガ作りをはじめとする創作に向き合うあなたの役に立てる一冊になれたら幸いです。
そしてどうか、まだ誰も見たことのない、あなたにしか描けない作品を生み出して欲しいです。
編集者としてだけでなく、一人のマンガ好きとしても、心からそう願っています。

※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。

マンガの裏技

ヒット作を生み出す50のコツ

小林 翔=著
発売日 : 2026年1月24日
2,600円+税
A5判・並製 | 408頁 | 978-4-8459-2523-0
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