生きるための試行

エイブル・アートの実験

エイブル・アート・ジャパン/フィルムアート社編集部=編
発売日
2010年2月25日
本体価格
1,800円+税
判型
B5判変型・並製
頁数
160頁
ISBN
978-4-8459-1044-1
Cコード
C0036
備考
品切

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エイブル・アートの活動のなかから、2004年から2008年の5年間にわたって試行/実験された舞台芸術である「エイブルアート・オンステージ」を再検証し、境界のないインクルーシブ(多様性を包摂する)な未来世界を描く。

障害/健常、病気/健康、目に見えないもの/見えるもの、
私たちは、境界線のある世界に生きている。
エイブルアートは、この境界線そのものに問いかけ、
演劇、ダンス、音楽などをさまざまな表現を使いながら、
障害/健常の境界を乗り越えようとする「可能性の芸術」です。

[執筆者]
平田オリザ(演出家)、大友良英(ミュージシャン)、雨宮処凛(エッセイスト、「こわれ者の祭典」名誉会長)、近藤良平(ダンサー「コンドルズ」主宰)、羊屋白玉(演出家、俳優)、岩下徹(舞踏家)、野村誠(音楽家)、宮沢章夫(演出家、文筆家)、播磨靖夫(たんぽぽの家 理事長)ほか

 真っ白な紙に、垂直に一本の線を引く。
すると、右と左に境界ができる。もし、右は「健常」、左は「障害」と規定してしまうとどうなるか。世界は一瞬にしてラベリングされ分断してしまう。
「障害/健常」、「病気/健康」、「(目に)見えないもの/見えるもの」、「異常/正常」など、わたしたち現代人は、暗黙のうちに境界線をひく。そして健康と思われて、(目に)見えて、普通と感じられるものを肯定する。それらは当たり前に大切なものかもしれない。しかし、どこか居心地の悪さを感じないだろうか。なぜなら「もうひとつの世界」を排除しているからだ。
人は多かれ少なかれ、何かの「欠損」「欠落」「障害」を抱えて、それでも懸命に生きている。そうした喪失体験を、なかったことにするのではなく、逆に豊かなものとして奪還できないだろうか。「人は喪失なくして成長できず、喪失なくして人生を変えることはできない」とキューブラー・ロスが言うのはこのことだ。
本書でとりあげる「エイブル・アート」(able art)とは、「可能性の芸術」である。「障害者」と呼ばれる人たちが関わり、絵画、インスタレーション、ダンス、演劇などの表現の可能性に賭ける芸術ムーヴメントである。95年に始まった日本発の運動である。
これに対して、人は批判するかもしれない。これはアートではない。これは障害者ががんばっているたんなる自己満足ではないか? アートとは命すら削った作品であるべきだ。またある人はこう言うかもしれない。こんなことをして、いったい社会の何が変わるのか。いま、この瞬間に生死をさまよっている人がいるのに、と。
根本から考えよう。「障害/健常」という線は誰が引いたのか。引いたのは、「社会」のほうではないのか。もちろん社会において、制度は必要である。しかしそれが「生き苦しさ」や「凝り固まった生」につながるなら、一度、境界線をずらしたり、はずしてみることだ。多様な生をもつ私たちは、境界線を行ったり来たり、循環する存在ではないだろうか。
「混乱」ではなく、豊かな「混沌」を愛すること。この「混沌」を受け入れる「インクルーシブ」(包摂的)な社会を構築すること。そこにこそ、生死を含めて生きることの深い味わい、喜びそのものがあるのではないか。この肯定感情がないかぎり、一切の社会実践は「魂の抜かれた闘い」になってしまう。
本書は、エイブル・アートの活動のなかから、2004年から2008年の5年間にわたって試行/実験された舞台芸術である「エイブルアート・オンステージ」を再検証し、未来の表現へつなげる試みの書だ。

エアポンプが壊れ、循環しない水槽の中に、魚たちが悲鳴をあげている。その悲鳴は、わたしたちの今の姿ではないだろうか。インクルーシブな来るべき未来世界へのスケッチをしよう。それは、生命の豊かな営みであり、未知の「生きるための試行」となる可能性があるのではないか。
(本書 イントロダクションより)

目次

Introduction
エイブル・アートとは何か?
01 特殊なもののなかに、普遍性は宿る 平田オリザ
02 境界線を漂う 羊屋白玉
03 アートによるソーシャル・インクルージョン 中川真
04 奇跡のようなコンサート+JAMJAM日記 大友良英
エイブル・アートの実験 表現に向けて
01 ストーリーの外にある感情 永山智行
02 誰もやっていない表現へ 野村誠
03 異次元の感覚を開く 森山直人
04 音が生まれる瞬間を待つ 細馬宏通
Cross Talk
エイブルアート・オンステージ五年間の挑戦
誰もみたことがない舞台へ 太田好泰×吉野さつき
可能性のアート
<現在>とともにある<ノイズ> 宮沢章夫
もう一つのアビリティ、もう一つのアート 熊倉敬聡
Interview
エイブルアート・オンステージは来たるべき社会への実験 播磨靖夫
エイブル・アートの闘い 社会に向けて
05 境界のない社会へ 大谷燠
06 人は切れながら、つながっている 吉野さつき
07 障害/健常を超える知へ 鈴木励滋
08 仕組み、役割、スペースを変える 志賀玲子
09 アートでも、福祉でもある…… 本間直樹
Column
生きるための表現 雨宮処凛
可能性としての即興ダンス 岩下徹
感動秘話を語るのはやめよう 塚田美紀
なんかね、カッコいいんです、みんな。 近藤良平
エイブルアート・オンステージ活動支援プログラム 支援先リスト
可能性の声 ダイアローグへ

お詫びと訂正

本文中に誤りがございました。お詫びして訂正させていただきます。
論考「境界線を漂う」(執筆:羊屋白玉) P019の図版キャプション
(誤)「マイノリマジョリテ・トラベル」より。昔のワークショップ「呼吸」
(正)「マイノリマジョリテ・トラベル」より。音のワークショップ「呼吸」
奥付 P159
(誤)カバー写真『≒2』(にあいこーるのじじょう) 撮影:阿倍綾子
(正)カバー写真『≒2』(にあいこーるのじじょう) 撮影:阿部綾子