
書誌情報
-
リミナルスペース 新しい恐怖の美学
ALT236=著
佐野ゆか=訳発売日:2025年9月26日
本体:3,400円+税
判型:B5判変形・並製
頁数:192頁
ISBN:978-4-8459-2400-4
Cコード:C0070
内容紹介
-
新しいインターネット美学、〈リミナルスペース〉のすべて。
その誕生の過程と影響を、膨大なビジュアルとともに体系的に掘り下げる初の書籍、待望の翻訳!人の気配のない出入り口や階段、長い廊下、古びたホテルのロビー、寂れたショッピングモール、無機質な地下鉄の駅……。
こうした日常で目にする光景の中に、不穏さと不気味さ、そして抗いがたい魅力を見出す「リミナルスペース」は、インターネットを中心に爆発的に広がった、2020年代を代表する美学的ミームです。例えば、社会現象となったウォーキングシミュレーターゲーム『8番出口』は、リミナルスペース的な世界観の代表的な作品と言えるでしょう。
本書で取り上げるのは、映画『シャイニング』のかの有名な長い廊下、インターネット怪談の「バックルーム」、ヴェイパーウェイヴ音楽、ブルータリズム様式の巨大建築、さらにはマグリットの絵画など。時代や分野を縦横無尽に横断しながら、リミナルスペースの美学はそこかしこに息づいています。
リミナルスペースが引き起こすのは、ただの不安な感情ではありません。
人々の記憶と想像力に深く共鳴し、心の奥底にまで響く感覚を呼び覚ますのです。リミナルスペースの何が怖いのか?
なぜ私たちはリミナルスペースに魅了されるのか?
新しい「不安と恐怖の美学」の誕生の過程とその影響を徹底的に掘り下げる、リミナルスペース“解体新書”。この一冊を手に取ることで、あなたの周りに潜む「異質な空間」の恐怖と魅力を、新たな視点で再発見することができるでしょう。日常の中に潜む非日常を感じたい方、アートや映画、ゲームに興味がある方にとって、必読の一冊です。
プロフィール
-
[著者]
Alt236
YouTubeチャンネル「Alt236」のクリエイター。動画を通じて超常現象の視覚的シンボルを解読し、ホラーの美学への興味を追求している。チャンネル登録者数40万人、再生回数100万超えの動画も多数。主な著書に『Kodex Metallum』(Maxwellと共著、Hoëbeke,)。
https://www.youtube.com/c/ALT236[訳者]
佐野ゆか
東京大学文学部南欧語南欧文学専修課程卒業(イタリア語学)。同大学大学院修士課程修了、博士課程在籍中(フランス文学)。訳書に、ピエール・エルメ、カトリーヌ・ロワグ『ピエール・エルメ語る』(早川書房)、ソフィ・カル『限局性激痛』(青木真紀子と共訳、平凡社)がある。
推薦コメント(順次公開)
序文
-
恐怖は人類と同時に誕生した。ずっと陰に隠れて決して適応をやめず、人類と共に進化してきた。意識を持つ種として地球上に現れた黎明期から人間は、暗闇、気候、野生動物、その夜間の襲撃を、つまりは死を恐れてきた。そして死んだ後には何があるのか、あるいは何もないかもしれないということに恐怖を感じてきた。世界が進歩し社会が複雑化して新たな力学と未知の領域が増えるにつれて、新たな不安が生まれる。テクノロジー、科学、社会におけるあらゆる発見は数多くの斬新さと驚きをもたらすが、それと同じだけの疑念や存在論的な問い、新たな恐怖を引き連れてくる。人類の旅路において芸術は、常に進化と共に存在し続けてきた。詩的な証人となって、進化に問いを投げかけ昇華させることで、あらゆる恐怖を遠ざける術を提供してきた。イメージの分野では、不安をあおる象徴を操作する力が早くから知られていた。その例として、神話の空想的な描写にまでさかのぼることができるし、その後にも地獄の初期表現がある。このような衝撃的なビジョンは、容赦なく筆舌に尽くし難い恐怖を見る者に与え、神への崇拝や哲学的教訓へと導く。不安をかき立てるモチーフの使用は、目的のためでなければならず、口実が必要であった。
そして時が経ち、神話や宗教から切り離されて、恐怖をあおるイメージがそれ自体として生み出されるようになった。それが独立した一つの領域となり、現代の神話とも言えるものが数多く創作された。不思議なことに人間は、イメージによって揺さぶられ不安にさせられることを好み、奇妙なものの境界をとどまることなく押し広げる。以来、集合的無意識の総体、人間の深層心理、想像力や夢や悪夢の広がりが、その時代を象徴する比喩的なビジョンを提示し、恐怖を与える目的のためだけに探究されるようになった。こうして次々と生み出されたのが、怪物、殺人鬼、悪魔、ゾンビといった新しいキャラクターだ。その舞台はもはや古来から伝わる地獄などではなく、ゴシック様式の城、幽霊屋敷、精神病院などの多様な場所である。このような数々の革新にもかかわらず、こうした場所はほとんどが舞台装置に過ぎず、そこに潜む存在を引き立たせるための飾りのようなものであった。しかし近年新しい美学が生まれ、そこにいる主役となるべく存在を巧みに排して、例外的に舞台の場所自体に恐怖の主役を演じさせるようになった。本書で扱われるホラーは、これまでのホラーとは正反対で、過剰な演出よりも空虚さを好み、露骨な演技よりも示唆を選び、他の何よりも謎を促す。「リミナルスペース」は、昨日今日始まったものではなく、徐々にきわめて革新的で現代的な新大陸になっていった。美学的な物語の分野を切り拓き、今では当初の定義を超えて、意図的に不安を誘うビジョンという、より大きな分野へと開かれている。創造的ムーブメントのようなものが、芸術や大衆文化のあちこちへと広がりをみせ始めているのだ。人気を博してはいるが、まだ芽吹いたばかりの分野であり、語るべきことがたくさんある。この序文が一つの扉だとすれば、その扉は、すべてが不確実な世界に向かって開かれている。本書は、途方もなく不確かなことを言葉にするという、魅惑に満ちた真摯な試みであり、この世界を明らかにし、読者と共に捉えどころのない未知の迷路を旅する挑戦である。
-
バックルームにはもちろん、多種多様なクリーチャーや謎めいた組織も存在する。しかしこの神話から、迷子になるか狂気に陥るしかない無限に広がる空虚な空間に浸ることができる。ここにあるのは、虚無の恐怖に陥る迷宮の美学である。(中略)ここでまとめてみよう。まずはリミナルスペースがオンライン上で拡散され、次第にニッチな美学として定着していく。そんななか、あるリミナルな画像が4chanに投稿され、クリーピーパスタへと発展し、あまりに好評だったため同様のストーリーを集めた専用サイトが作られ、ついにはケイン・ピクセル現象が起こる。(中略)当時まだ17 歳で、3D映像制作が趣味のアマチュアの映像作家だったケイン・ピクセルは、自身のYouTubeチャンネルに『TheBackrooms (found footage)』という動画を投稿した。この動画はこれまでに5000万回以上再生されており、評価も高く大成功を収めた。
本書で言及される作品
原著者ALT236による本書の解説動画
-
ある場所を眺めていると、見方を変えただけでその顔を変える場所がいくつかある。
普段多くの人びとを迎えるこのコンコースや、誰もいないこの廊下を見てみよう。これらはリミナルスペースであり、もともと別の目的地へ移行するために設計された場所である。都市化された空間には、こうした場所が私たちの周りのいたるところにあって、ほとんど忘れかけてしまうほどである。しかしこのような場所がその文脈から切り離されたとき、その画像からは何か奇妙なものが立ちのぼってくる。言葉にできないような不安とメランコリーの間にあるものだ。
私は現実と想像との間を行き来しながら、みなさんと共に旅をすることで、こうした感覚に言葉を与えようと試みた。ブルータリズム、シュルレアリスム絵画、映画、ビデオゲーム、ギーガー、サイレントヒル、『紙葉の家』、バックルームと、縦横に旅をして、リミナル性が今日、恐怖への新たな扉を開く鍵となっている理由を探ろうしている。186ページにわたりおよそ270点の図版を収録している。
今すぐ予約注文も可能だ。ご支援に感謝し、この先をお見せするのを楽しみにしている。
(翻訳:佐野ゆか)