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森崎ウィン、オーディションを語る

オーディションを受ける俳優の悩みに、『ブレイキング・バッド』や『ウォーキング・デッド』といった人気海外ドラマを陰で支えたキャスティング・ディレクターのシャロン・ビアリーが答える『俳優のためのオーディションハンドブック──ハリウッドの名キャスティング・ディレクターが教える「本番に強くなる」心構え』。ビアリーは書籍の中で、オーディションで心がけるべきことや、台本の読み込みといった練習の重要さを、自身が関わった作品のエピーソードとともに伝えるだけでなく、ムービーオーディション用の動画の撮り方などもレクチャーしている。
3月26日に発売される本書の関連企画として今回、俳優・アーティストの森崎ウィンにインタビューを実施した。スティーヴン・スピルバーグ監督の『レディ・プレイヤー1』への出演で大きな注目を集めた森崎。スピルバーグ自身が審査を担当した『レディ・プレイヤー1』のオーディションの際、森崎はどのような準備をおこない、現場では何を考えていたのか? またハリウッドデビュー後も、『蜜蜂と遠雷』や『本気のしるし』といった作品に出演している森崎が普段どのようにオーディションと向き合い、演じることをどう捉えているのかも尋ねた。ぜひ『俳優のためのオーディションハンドブック』と合わせて読んでほしい。

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──森崎さんは2018年に公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督の『レディ・プレイヤー1』にトシロウ / ダイトウ役で出演されています。ハリウッドのオーディションを経験している森崎さんが、この本『俳優のためのオーディションハンドブック──ハリウッドの名キャスティング・ディレクターが教える「本番に強くなる」心構え』にどのような感想を持ったのか知りたいです。

森崎ウィン:すごく共感する部分と、新たな発見がありました。いち俳優、いちエンタテイナーとしてイントロダクションだけをとってみてもモチベーションがあがりました。「本当に優れた俳優になるために、どれぐらいの犠牲を払う決意がありますか?」とイントロダクションにさらっと書いてあるんですけど……これすごい言葉ですよね(笑)。この質問に自分の答えをもっていないと、読み進めていく意味がないんだろうな、と感じて。冒頭から、俳優として生きていく覚悟はあるのか?と問いただされ、改めて身を引き締めなくては、と思いました。僕は現状に全く満足していませんし、多くのことを犠牲にしてもより遠くまでいきたいという覚悟を再確認させられましたね。

──確かにイントロダクションは、いい意味で俳優の方を焚きつけるような内容になっていますよね。

森崎:あと、オーディション前の準備の重要性を、何度も繰り返し語っているのが印象深かったです。僕、俳優活動だけでなく、音楽活動もやっているんですけど、ライブをやるとリハーサルなどの準備が本当に大切だと身に沁みて。でも演技って正直、正解がないと思うんです。準備しすぎることで、自分のつくったイメージに囚われてしまうこともありますし。だからこの本にも、「準備をして正解を見つけろ」とは書いてないですよね。柔軟に考えることやオーディションルームの状況を読む大切さ、自分のイメージをもとにした大げさな演技をしないことといった注意点が書かれていました。自分の考えに少し自信をもてましたし、演技をするうえでの心構えという点でも勉強になることが多かったです。

──やはり心構えという点で色々と参考になったんですね。

森崎:はい。でも心構えという部分以外でも色々と参考になりました。オーディションで「ちゃんと台本読めた!」と思えたのは一昨日が初めてだったんですけど、それは海外作品のムービーオーディションだったんですね。複数のシーンが台本に書かれていて、それを演じ分けるというものだったんです。二面性を表現することが大切だともともと思っていたんですが、この本の中でキャスティング・ディレクターもそのような部分を見ていると書いてあって、それが僕の背中を押してくれました。

──なるほど。映像によって審査を行うムービーオーディションなどで、具体的に助けになるところも少なくない、と。

森崎:先ほどムービーオーディションと言ったんですが、海外作品はその形式でおこなわれることが少なくないと思うんです。製作の方々がすぐに会える距離にいないので。ただ、どうやって撮ったらいいか誰かが教えてくれるわけではないんですね。この本には、ムービーオーディションの撮り方についても書いてあって。カメラの高さや背景はどうするのがベストか、相手役のセリフをどう入れるか、クロースアップなどの技術は使ってもいいかといった、ムービーオーディション用の映像を撮るために大切なことがわかりました。僕は、俳優ってリアクションが大切だと思っているんですけど、それをしっかりと見せるための撮り方を学べましたし、今後生かしていきたいと思います。僕は『レディ・プレイヤー1』1本で終わるつもりもないですし、もっと海外作品に出たいので。

──それは、ムービーオーディションを受けたことのある森崎さんだからこそ言えるご意見ですね。

森崎:もちろんムービーオーディションにも正解はないと思うんですよ。キャスティング・ディレクターや監督に、演技を直で見てみたいと思ってもらえるかが大切なので。でもこの本を読むことで、キャスティング・ディレクターがどこを見ているのかがわかりました。そして、見られている部分をより印象深く届けるために、この本を参考にしながらいろいろとやっていきたいです。

──森崎さんは『レディ・プレイヤー1』の出演で、大きな注目を集めました。オーディションで選ばれたと伺っています。オーディションはどのようなものだったのでしょうか?

森崎:一次はムービーオーディションで、自分たちで撮るのではなく、製作サイドが用意した会場で演技をしました。日本サイドの中で厳選したうえで、ハリウッドに送るというかたちだったんですが、「直接、会いたい」とコールバックがあって。「おお!」ってすごい驚きました。それで、LAに行って、オーディションを受けたんです。会場にはスティーヴン・スピルバーグ監督がいて。あまり大きな部屋じゃなかったんですけど、まずスピルバーグ監督と世間話をしたんです。自分がどこから来たかや何をしてきたかなど、自己紹介のようなことを頑張って英語で伝えて。「じゃあ、そろそろやろうか」となった時、監督が小さなハンディカメラを三脚に乗せて、ご自身で撮りながら「レディ、アクション」って言ったんですよ。本当にびっくりしました。

──スピルバーグ監督に撮られるというのは、すごい経験ですね。ちなみに台本はどのようなものだったんですか?

森崎:台本は一次も二次も同じもので、ペラ1枚の台本でした。完成台本から抜粋した1ページのような内容で。ダイトウという名前も載っていて、オーディションで演じた部分は本番ではなくなってしまいましたけど、フェイクの台本ではなく、完成形の一部と言ってもいいようなものでしたね。あとキャラクターに関しては台本とは別に説明がありました。一次オーディションの前、台本が添付されたメールに、侍をイメージした人物ということと、若いアジア人であるということが書かれていました。でも台本以外から得られた情報はそれだけでしたね。それと情報の漏洩を防ぐためなのか、ギリギリまでアーネスト・クラインさんの『ゲームウォーズ』を原作にした作品であることは教えてもらえませんでした。

──その少ない情報から役のイメージを描き、オーディションに臨んだということですね。

森崎:はい。でもこの時は、自分の英語能力にも自信がなかったですし、英語の台本を読むのが初めてで不安もあったので、プロのコーチのもとに行き、勉強しました。「こういうことが読み取れるよね?」「こう展開しているから、こういうことなんじゃないかな?」と台本の読み方をレクチャーしていただいて。コーチの方が読むのを身近で触れて、とても勉強になりました。

──コーチの方に頼んだとはいえ、情報が少ないというのは難しそうですね。

森崎:でもその時、情報が少ないというのも情報だと気づいて。だから、この作品のオーディションは、台本の読解力やそれを展開する能力以上に、その人がもともともっている声のトーンなどの特徴を見ているのかな?と思いました。そう考えた時、自分自身をのびのびと出すことが大切なのかな、と。
あと、これは『レディ・プレイヤー1』の時だけではないですが、何にでも染まれるような余白は残したほうがいいように考えています。「これしかできません!」ってガチガチにつくっちゃうと、現場に入った時に戸惑うことになっちゃうと思うんです。相手がいるセットやロケーションの中は、ひとりで演じるオーディションとは全然違うので。

──森崎さんにとってスピルバーグ監督の前で演じるという経験は、どのようなものだったのでしょうか?

森崎:正直、ほぼ何も覚えてなくて(笑)。そのうえ、自分でカメラ回すんかい、って感じでしたし(笑)。初めてハリウッドの現場に足を運べたってだけで本当に得難い経験でしたし、下見のつもりで行ったオーディションルームでスピルバーグ監督に会えて、しかもハリウッドデビューまでできたんですから、監督には感謝しかないです。自分の世界が広がりました。
あと、緊張しすぎてどう演じたかは覚えていないのですが、2次ではスピルバーグ監督から「ほかのパターンももらえるかな?」と同じセリフを違ったトーンで読むことを指示されました。

──オーディション現場でスピルバーグ監督が出てきたら、緊張して当然ですよね。先ほど、台本の読解の話になりましたが、『俳優のためのオーディションハンドブック』の中でも台本を読み世界観や人物を掴むことが重要であると述べられています。日本語のオーディション台本を読む時、森崎さんが注意している点はなにかありますか?

森崎:オーディションで台本1冊を丸々もらえることってあまりないように思うんです。ペラ1枚とか抜粋とかが多くて。その時にどうやって前後を想像するか、というのは大切にしています。前後が具体的にはないので、ある意味どうとでも読み取れるんですよ。だからこそ、具体的に目の前にある台本をしっかりと読み取り、得られる情報を掴まなくてはいけないと思っています。消去法で正しくないと思う可能性を消したりしますね。でも、何よりも僕は、台本の前後を想像するという行為が楽しいんです。
あと、あえて読み込みすぎないことも大切にしています。これは人それぞれだと思うのですが、僕の場合は、読み込みすぎて成功した試しがなくて。オーディション現場での直観的な反応のほうが自分は信じられる。この本の著者も、俳優はそれぞれ役のつくり方をもっているものだと言っていますし、役のつくり方にも正解はないんだと思うんです。だからこそ、いろいろと試すことも大切だと思っています。

──ちなみに、台本を読むこと以外にオーディションの前に絶対におこなう準備というものはありますか?

森崎:うーん……ないですね。作品によっては特別な準備をする場合もあるかもしれませんが。あと僕、そもそもオーディションは落ちるものだと考えていて。

──落ちるものですか?

森崎:そう考えることで、無理に背伸びをしたり、自分を過剰に下手(したて)に見せたりすることがなくなって、フラットに自分らしくいることができるようになったんです。オーディション現場でも、自分らしくいることをいつも心がけています。映画のことをたくさん知っている俳優さんや、本を読む能力がすごく高い共演者の方はいて、本当にすごいなと思います。でも僕は、今はまだそれほど映画を見れていないと思っていますし、文芸的な才能が自分にあるとも考えていません。だから背伸びをせず、わからないことはわからないと言います。僕は演じるのが本当に楽しくて、その気持を一番大切にしたいんです。この本の中でも「演じることに喜びを感じてほしい」と俳優へのメッセージが書いてありますよね。
あと、これを準備と言ってしまうことに違和感を覚えるのですが……自分のセリフはしっかりと覚えます。オーディション現場には、キャスティング・ディレクターや監督といった相手がいるので、その方々に失礼なことはしたくありません。あと台本を書いてくれた人もいますよね。その人たちへの敬意だけは忘れたくないです。

──素晴らしいですね。書籍の中で著者は、日頃から演技の練習をすることが大切だと述べています。森崎さんは日常的に行なっている練習はありますか?

森崎:練習というと少し違うのですが、今ちょうどミュージカル(『ウエスト・サイド・ストーリー』)をやっていて、舞台に立つことで自分自身や演技と新鮮に向き合えているように思います。舞台に立つたびに新しい発見があり、今まで気が付かなかった問題点が見つかるんですよ。当たり前のことかもしれませんが、僕は舞台でこなすような演技は絶対にしません。毎回、自分に課題を設けてやっています。舞台って俳優としての瞬発力を試されることが少なくないんです。同じ演目を何度もやる舞台だからこそ、何回も挑戦できるし、同じ役を繰り返すことでいろいろなものが見えてくるんですよね。チャレンジする場所を与えてもらえて、本当にありがたいです。もちろん観客の皆さんに喜んでもらえることを一番に考えていますよ。

──本番こそが一番の練習であるということですね。著者のシャロン・ビアリーは本の中で、オーディションで最も重要なものは「才能」と「自信」だと述べています。森崎さんがオーディションで重要だと考えるものはなんですか?

森崎:先ほども言った通り、自分らしくいることです。俳優って、その人が生きてきた背景が全て出る仕事だと思うんです。自分とは真逆みたいな人物を、完璧とも言えるような精度で演じたとしても、ふとした瞬間にその俳優さんが歩んできた人生の鱗片がにじみ出てしまうものだと思うんです。だから、役者である以上に魅力的な人間であることが重要なんじゃないかな?と考えていて。
キャスティング・ディレクターから見た時に「才能」と「自信」が重要というのは、本を読んですごく納得できました。でも、僕が「俺、『才能』あるぜ! 『自信』あるぜ!」って演じても、キャスティング・ディレクターから見たらそれは「才能」でも「自信」でもないものに映ると思うんです。自分自身としてそこにいれば「才能」というのはにじみ出てしまうものだと思いますし、本当の「自信」ってその人が実際に感じているか否かではなく、こぼれてしまっているものなんじゃないかな? オーディションの前の準備ももちろん大切ですが、優れたキャスティング・ディレクターや監督は、その準備の前の時間、僕がどうやって生きてきて、何を考えてきたかということまで受け取っているように思います。そんな人たちを偽る能力は僕にはない。だから人間として自分が納得できる生き方をして、自分らしく演じることが一番大切なはずです。
もちろん、この「自分らしく」というのが難しくて(笑)。簡単に言葉にはできないし、そこに触れたいと思うからいろいろなことに挑戦するわけなんですが。

──そのように飾らずに向き合うことが重要だと考えていらっしゃるオーディションとは、森崎さんにとってどのようなものでしょうか?

森崎:『レディ・プレイヤー1』は、自分の世界を広げてくれました。その経験を踏まえたうえで、一般論になってしまうのですが……オーディションはチャンスです。
そして、チャンスであると同時に自信にもつながるものです。改革するためにさまざまな活動をされている人がいるでしょうし、僕ごときがつべこべ言うことじゃないのかもしれませんが、日本は海外と比べるとオーディション文化が弱いように見えて。深田晃司監督と『本気のしるし』というテレビドラマをやったんですね(2019年10月15日から12月17日にかけて名古屋テレビにて放送)。この作品は元々オーディションではなく、お声がけをしてもらったんですが、顔合わせの時に深田さんが「芝居を見たいです。オーディションをやらせてください」とおっしゃってくれたんです。僕は、本当にうれしくて。「受けさせてください!」ってお願いしたんです。結果的に深田さんが僕を選んでくれて。だから現場に入った時、めちゃくちゃ自信があるんです。僕のことを知っていて、芝居に魅力を感じてくれた人と一緒に作れるんだから、不安はないですよね。実際、現場もめちゃくちゃよかったです。
深田さんは「日本はもっとオーディションをやるべきだ。いい役者がいるのにもったいない」とおっしゃっていて。「もっとフェアであるべき」と言っていました。僕もそう思います。だからオーディションはチャンスであり、フェアな環境を与えてくれるものだと考えています。

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2020年2月14日
取材・構成:フィルムアート社編集部