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書評『クエンティン・タランティーノ 映画に魂を売った男』萩野亮

幼年期から青年期の映画への熱狂から、『パルプ・フィクション』での批評的・興行的成功を経由し、孤高の最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に至るまで……。映画にすべてを売り渡した天才の魂をめぐる最新評伝『クエンティン・タランティーノ 映画に魂を売った男』。
本書について、映画批評家であり、本屋ロカンタンを経営されている萩野亮さんに書評をご執筆いただきました。タランティーノの魅力をご自身のエピソードを交えつつユーモラスに論じていただいています。

タランティーノみたいな話

 2009年、冬。大きな窓がある殺風景な会議室で、わたしは面接を受けていた。目の前にはずらりと著名な教授たちがならぶ。フランス文学者に映画研究者、精神科医、そして映画監督……。大学院の入学試験だった。
映画研究を志望していたわたしは、当時27才。修士課程の受験者としては、じつに中途はんぱな年齢である。当然、こう訊かれた、「これまで何をしていたのですか」。

こう答えた。──ずっとビデオ屋でアルバイトをしていました。
先生たちの顔が、ふいにほころんだ。「なんかタランティーノみたいな話だな」。

 こうしてわたしはタランティーノになった、わけではもちろんなかった。10年あまり前の話でしかないが、当時はまだ、ビデオ屋の店員からキャリアを始める「タランティーノ神話」というべきものがかろうじて機能していた。
当のQTは、『イングロリアス・バスターズ』を撮り終えたころだったろうか。ともかく米国でも日本でも、公開が待たれていた時期だった。あのフィルム以前/以後でかれの作品と映画史における立ち位置が大きく変容したことを思えば、2009年のあの日、ビデオ屋の店員だったわたしがタランティーノに喩えられた些細なできごとは、QTの受容史においても、なにか象徴的な意味を帯びているように思えてくる。

さらりと書いたが、現時点でクエンティン・タランティーノの映画を考えようとするとき、もっとも重要なのは、まさに『イングロリアス・バスターズ』をどのようにとらえるか、だと思っている。そこに分岐点をみとめるのか否か、も含めてである。わたしは、分岐したとみている。タラ自身は、いったいどう考えていたのか。本書で何より知りたかったのはそこである。

とはいえ、核心に迫るにはまだ早い。というよりも、英国のよく知られた映画評論家であるイアン・ネイサンによるこの評伝の魅力は、むしろもっと別のところにありそうである。オフショットなどの図版も含め、何よりこの尋常でない情報量。巻末の参考文献を眺めてみると、雑誌でのインタビューはもちろん、記者会見やラジオでの発言まで参照している。ほとんどその情報量はQTの映画一本のそれに比肩しうる、かもしれない。

どうでもよくない話

 本書のとりわけ前半部分の主題を一言であらわすなら、「タランティーノは、いかにタランティーノになるべくして、タランティーノになったか」である。そのテーマにおいて、かれがビデオ屋の店員だった事実はきわめて大きい。カリフォルニア州マンハッタンビーチの一風変わったレンタルビデオ店「ビデオ・アーカイブス」時代のQTは、「『トップ・ガン』を借りに来た客にそれを思いとどまらせ、代わりにゴダールの名作で一夜を楽しんでみたらどうかと冒険を勧め説得することに長けていた」(25頁)など、期待通りのふるまいをしており、端的にいって最高である。

そう、少なくとも90年代からかれの映画を見つづけてきたわたしのような読者にとって、タランティーノの人物像を想像するのはいかにもたやすい。ブライアン・デ・パルマの映画は封切り日にかならず二回見る、など、前半部分のエピソードは、まったくわたしたちの想像通りのQT、「俺たちのタランティーノ」なのである。

90年代のQTは、まさに「俺たち」のアイコニックな映画作家だった。「俺たち」とは誰か? レンタルビデオ店──とりわけあるじひとりが経営しているような小規模店舗で、おおむね成人向けタイトルで日々の売上を立てるいっぽう、ビリー・ワイルダーからゴダールに至るまでの名作群をひそかに、しかし自信をもって置いているような店──にせっせと通い、あの店には『小人の饗宴』があるぞ! と仲間たちで情報共有するような「俺たち」である。うむ、わたしだ。大学時代に「ミロ」(まさかの「見ろ」という意味だった)という店で、わたしは映画史の大半をあたまにたたき込んだ。ちなみに、そのすぐそばにできたナショナル・チェーンの大手ビデオレンタル店でわたしはアルバイトを始めたのだが、その店舗拡大に伴って、俺たちの「ミロ」は閉店を余儀なくされた。叩き売りの閉店セールでわたしはホウ・シャオシェンやデレク・ジャーマンのVHSなど20本ほどを買った。一部はいまも持っている。と、そんな話はどうでもいい。

いや、どうでもよくない。
このような「映画マニア」のありかたじたいが、もはや歴史化しつつあるように思えてならないからだ。VHSはDVD、次いでBlu-rayに移り変わり、いまや動画配信サービスに避けがたく移行しており、レンタルビデオ店は80年代から2000年代前半に栄えた過去の産業になりつつある。周知の通り、全米各地に3,000店舗を誇ったレンタルチェーン店「ブロックバスター」は、2000年代より業績が悪化、2010年に倒産している。それと同時に、「タランティーノ神話」もまた、歴史化を余儀なくされているのではないか。冒頭に述べた2009年の私的な挿話における「象徴的な意味」とは、このことである。

90年代のタランティーノは、単にひとりの突出したフィルムメーカーであったというよりは、まさに観客=「俺たち」をも巻き込む「現象」として存在した。デビュー作の『レザボア・ドッグス』(1992)から一貫して、かれのフィルムは過去の膨大な映画へのオマージュと、それらからのサンプリング、またはアプロプリエーションにおいて編まれている。椹木野衣の『シミュレーショニズム』に詳述されている通り、これは美術史においても看取された90年代的な、あえていえばポストモダン的な現象である。英「エンパイア」誌が、『レザボア・ドッグス』とリンゴ・ラムの香港映画『友は風の彼方に』(1987)との類似を指摘、盗作騒動となった際、タランティーノはこれを否定するばかりか全肯定している。いわく、「俺はこれまで作られたすべての映画から盗んでいる」(53頁)。

QTのフィルムは、かれの脳裏の膨大な映画的記憶=(ビデオ・アーカイブス!)に拠っている。それらのアーカイブは、「俺たち」とたしかに共有されている。それがいっそうファンを熱狂させる。本書の著者イアン・ネイサンもまた、そのひとりに違いない。その微に細を穿つ記述、その圧倒的な情報量のなかに、QT愛が惜しみなく注がれている。

彼の血管には映画フィルムが流れている。カミソリで切ったら、きっと映画が流れ出てくるのだろう。(8頁)

言い過ぎだと思う。

マジかよ、という話

 このように、ある意味では牧歌的に享受されていたタランティーノの映画が、変質を見せたのが『イングロリアス・バスターズ』である、というのがわたしの見立てだった。この作品を旧・恵比寿ガーデンシネマのスクリーンで見たとき、その娯楽映画としての完成度の高さにこころから感嘆した。そして同時に、ひどく動揺した。この作品は、原義通りのクライマックスにおいて、ヒトラーとゲッベルスを焼殺するという、きわめてセンシティブな歴史改変を行なっている。マジかよ、と思った。あのタランティーノが、ここまでの政治的表現を為すとは。

そもそも、映画史上のあらゆる時代のフィルムからフラットに引用し、映画内の時間軸をたやすく操作していたかれが、大文字の「歴史」をテーマにするということ自体にまず、躓かなくてはならない。興味ぶかいことに、「歴史」を扱い、改変することへの不安は、タランティーノ自身も、主演のブラッド・ピットも、ともに抱いていたという。俳優はその不安を、正直に監督に打ち明けた。そのやりとりは以下のようだったという。

いつだって主人公を追おうとすれば幾つかの障害に突き当たるものだ、とタランティーノは説明した。「今回の場合は」と彼は言った。「その大きな障害のひとつが歴史そのものなんだ」と。この監督が(もちろんだが)映画についても、また歴史的事実についても、しっかりと宿題をこなしていたことをピットは確信した(タランティーノは第二次世界大戦の細目について感服するほどの知識があることを見せつけた)。(173頁)

1978年のB級映画『地獄のバスターズ』を底本とするなど、本作もまたかれならではのカルトな資質において作られていることは間違いない。けれども、本作の結末部分はそれを超えた、超えてしまった。その自覚は、映画作家自身にもあったのだ。そして本書の著者もまた、やはりこの作品で、QTの映画は変質した、と看ている。「タランティーノはもはや、1990年代初頭に燃え上がったパンク的熱狂の表看板という世間評を優に超越した存在だということが、この映画で証明された」(169頁)。

続く『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012)もまた、月並みな表現だが、きわめて政治的な映画である。QTは、黒人奴隷を主人公に据えたウエスタンを撮ることで、アメリカ映画史における白人至上主義を自己批判的に排撃しようとした。その徹底ぶりは、ブラックスプロイテーションフィルムを称揚し、パム・グリアで『ジャッキー・ブラウン』(1997)を撮りさえしたかれ自身もまた、ほかならぬ白人映画監督であるという事実にまで向けられている。かれは、結末部分でかれ自身を派手に爆殺した。QTはみずからすすんで、映画に復讐されたのだ。その倫理的というしかない自覚を、わたしは尊いと思う。爆笑したが。

ハリウッドではバリー・ジェンキンスの『ムーンライト』がアカデミー賞を受けた2016年ごろから、黒人主人公の映画がにわかに活況を呈しているが、タランティーノは少なくとも4年早かった。本書の端ばしから知られる通り、聞かん坊のかれは、ハリウッドの潮流とはほとんど関係なしに、かれが撮りたいものを、撮るべきものを、撮りつづけた。『イングロリアス・バスターズ』以降の作品も、映画を愛し、映画に愛されたかれだからこそ、撮らねばならない映画だった。

本書には、以下のすぐれた指摘がある。

映画が間違いを正す役目を果たす、というテーマは、以前のタランティーノ作品にもほのめかされていた。『キル・ビル』では、ザ・ブライドが武術映画の慣習を演じたときだけに限り、彼女があの世界の間違いを正している。『デス・プルーフ』ではスタント・チーム(本物の映画人が演じる本物のスタントたち)があの殺人鬼を止めている。(174頁)

本書の見方に倣えば、『イングロリアス・バスターズ』において、QTの映画は変質したというよりは、地下水脈にあったものが一気に奔流となって溢れ出した、というべきだろうか。ロバート・スクラーに『映画がつくったアメリカ』(平凡社/原書は1975年刊)という端倪すべからざる古典的書物があるが、ハリウッド映画とアメリカ社会とは、いわば鏡像のように互いを互いに映し出しながら、フィクショナルに映画=社会をつくりあげてきた。いや、アメリカばかりではない。映画産業が繁栄をみた先進諸国には、いずれも同様の構造があるのではなかったか。タランティーノは、そこに仮借ないメスを差し込んでゆく。ほかでもない「映画」というメスを。映画がつくりあげた世界を、ふたたび映画によって修正すること。かれの脳裏にある膨大な「ビデオ・アーカイブス」は、いまやそのために動員されている。

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