ピックアップ

春、新たな一歩を踏み出す人に読んでほしい「卒業スピーチ本」3冊(+1冊)

卒業式のシーズンです。この記事では、これから新たな一歩を踏み出すみなさんに読んでいただきたい本を紹介します。
今回紹介する3冊は、いずれもアメリカの大学で行われた著名人による卒業スピーチを全文収録したものです。

アメリカでは卒業式で作家や俳優などの著名人がスピーチすることが多く、2005年にスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学で行ったスピーチの一節「Stay hungry, Stay foolish」は日本でも大きな話題になりました。
この記事では、スピーチ全体のごく一部しか紹介することができませんが、「全文が気になる!」という方は、ぜひここで紹介した本を読んでみてください。プレゼント用としてもオススメです。


デヴィッド・フォスター・ウォレス
(小説家)
2005年 ケニヨン大学

By Steve Rhodes – originally posted to Flickr as David Foster Wallace, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4788606

デヴィッド・フォスター・ウォレス(David Foster Wallace)
イリノイ州で育ち、少年時代はテニス選手。アムハースト大学で様相論理と数学を専攻、25歳で書いた処女長編「システムの箒」で作家デビューする。アリゾナ大学創作学科で修士課程を修了、ハーバード大学哲学科に移るが、鬱病で中退。詩人作家メアリー・カーとの恋愛を経て、95年に1076ページの長編「無限の道化」を完成させた。ほか短編集「奇妙な髪の少女」「ビブリビオン」「醜男たちとの短いインタビュー」、超限数論の「万物とそれ以上」、エッセー集「ロブスター考」「僕が二度としない面白そうなこと」。共著で音楽論「ラップという現象」もある。2008年、未完の長編「蒼白の王」を残して自殺した。

田畑書店HPより引用
ポストモダン文学の旗手としてカルト的人気を博した小説家のデイヴィッド・フォスター・ウォレスは、2005年のケニヨン大学の卒業スピーチで、リベラルアーツ教育の真価を問う「This is Water」と題されたスピーチを行いました。本スピーチの完訳版である『これは水です 思いやりのある生きかたについて大切な機会に少し考えてみたこと』(田畑書店)からスピーチの内容を紹介します。なおウォレスは、このスピーチの3年後に自ら命を絶ち、46年という短い生涯を閉じることになりました。

「ものの考えかたを学ぶ」とは
ほんとうはなに・・どう・・考えるかコントロールするすべを学ぶということなのです。

それは意識してこころを研ぎすまし何に目を向けるかを選び・・
経験からどう意味を汲みとるかを選ぶ・・という意味なのです

なぜなら、社会人生活のなかで
こうした選別ができず
しようともしないなら
とんだ辛酸をなめるからです。

こころは「気の利く召使だが恐ろしい暴君でもある」
という古い決まり文句を思い出してください。

多くの決まり文句のように
これも表向きはずいぶん時代遅れでありきたりに聞こえますが
じつは重大な恐ろしい真実を言いあらわしているのです。

銃で自殺する大人のほとんどが撃ち抜くのは……
頭部なのですが、すこしもこれは偶然ではない。

こうして自殺する人の大半は、じつは引き金を引く前から、
とうに死んでいるのです。

――デヴィッド・フォスター・ウォレス=著『これは水です 思いやりのある生きかたについて大切な機会に少し考えてみたこと』(田畑書店)

『これは水です 思いやりのある生きかたについて大切な機会に少し考えてみたこと』
デヴィッド・フォスター・ウォレス=著
阿部重夫=訳
田畑書店


ジョン・ウォーターズ
(映画監督)

2015年 ロードアイランド・デザイン学校

ジョン・ウォーターズ(John Waters)
『セシル・B / ザ・シネマ・ウォーズ』『ピンク・フラミンゴ』『ヘアスプレー』などのカルト映画で知られ、『ヘアスプレー』はのちにブロードウェイにてロングラン・ミュージカルとして上演された。著書に「ニューヨーク・タイムズ」でベストセラーとなった回想録『R o l e M o d e l s 』( 未)や『ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク』( 国書刊行会)などがある。米国内外で定期的に一人芝居によるスポークン・ワード・ショーも行う。2 0 1 5 年5月、ウォーターズはロードアイランド・スクール・オブ・デザインから名誉美術博士号を授与された。メリーランド州ボルチモア在住。

『ピンク・フラミンゴ』や『ヘアスプレー』などで知られる伝説的カルト映画監督ジョン・ウォーターズが、2015年に行ったロードアイランド・デザイン学校の卒業式のスピーチ。
高校を停学になり、開校以来はじめてのマリファナ・スキャンダルを引き起こして大学を退学した過去をもつウォーターズが壇上から嬉々として卒業生に語った破壊的アドバイスは、瞬く間に口コミでアメリカ全土に広まり、大きな話題となりました(本スピーチが収録されたレコードも発売になったほど)。
「拒絶を恐れず、大いに遊び、敵の声に耳を傾けろ」「新しいアイデアで私たちを怯えさせろ」「批評家を怒らせてしまえ」
ウォーターズがスピーチで語ったアドバイスの数々は、年齢を問わず、これから新たな第一歩を踏み出そうとするすべての人たちの心を打つことでしょう。

ぼくはいまでも、自分の両親の寛容さに驚いています。
スポック博士の育児書には、「自動車事故」ごっこをやりたがる子供への対処法なんか書かれていないんですからね。
だけど、母さんはよちよち歩きのぼくを廃車置場に連れてゆき、自由におぞましい夢想にふけらせてくれました。

父さんはさらに、ぼくに『ピンク・フラミンゴ』を撮るお金まで貸してくれ、ぼくは全額完済しました――利子もつけて。
それにしても、改めて思いますが、ぼくは父が喜ぶと本気で思ってたんですかね?
「ヴァラエティ」誌曰く「史上もっとも下劣で、愚かしく、不愉快な映画」を作るのを!

両親は、ぼくを不安にさせませんでした。
だからぼくは今ここにこうしていられます。

だから、みなさんもそうしてあげるべきなんです
――どこで拾ってきた子供であれ。

現代美術の役割はこれまでにあったものを
ブチ壊すこと
これって最高の仕事じゃないですか?

ここでふたたび事前警告
下品な言葉をお許しいただきます。

さあ、世界に出ていって、
そいつをファックしてやりなさい。
美しく!

デザインせよ!
みっともなさすぎて、皮肉のふりでも
着られないような服を。

怯えさせろ!
ぼくらを新しいアイデアで。

怒らせろ!
時代遅れの批評家どもを。

テクノロジーを使え!
ものぐさなSNS生活なんかじゃなく、
世界を侵犯するために!

ぼくを不安にさせてくれ!

そして最後に、自分に与えられたものを数えあげてみましょう。

あなたは大学を卒業しました。自殺もしませんでしたし、
麻薬中毒にもならず、神経衰弱も起こさずにすみました。
ほら、やってしまったやつの顔を思いだして。

時が来ました。
騒ぎたてる時が。

あなたの番です。
騒ぎを起こそう!

ただし今度は現実世界で。
ただし今度は内側からやるのです。

厄介者のススメ ジョン・ウォーターズの贈る言葉
ジョン・ウォーターズ=著
柳下毅一郎=訳
フィルムアート社


メリル・ストリープ
(俳優)
2010年 バーナード大学

By Montclair Film – https://www.flickr.com/photos/montclairfilmfest/46091665232/, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=78834854

メリル・ストリープ(Meryl Streep)
1949年、ニュージャージー州生まれ。ヴァッサー大学を卒業後、イェール大学演劇大学院へ。卒業後、舞台女優として注目を浴びる。1977年「ジュリア」で映画デビュー。「ディア・ハンター」(1978年)でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされる。「クレイマー、クレイマー」(1979年)の自立を求めて離婚裁判を争う妻役でアカデミー賞助演女優賞、悲痛な過去を持つユダヤ人女性を演じた「ソフィーの選択」(1982年)で同主演女優賞を受賞。「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」(2011年)で再び同主演女優賞を受賞。他の出演作に「シルクウッド」(1983年)、「愛と哀しみの果て」(1985年)など。最新作はディズニー映画「イントゥ・ザ・ウッズ」(2014年)。

巨大な夢をかなえる方法 世界を変えた12人の卒業式スピーチ』より引用

アカデミー主演女優賞など数多くの受賞歴をもつ俳優のメリル・ストリープは、2010年のバーナード大学の卒業式で、俳優としての自身のこれまでの歩みについて、そして「女性は生きるために演じなければならない」というジェンダーに対する考えを語りました。本スピーチは「YouTubeで最も視聴されたスピーチ」のひとつとして知られています。

男女平等などという概念は、皆さんの父親世代ですら受け入れるのが難しいことでした。祖父の世代であれば、なおさらそうです。しかし、若い世代は、父や祖父の考え方が必ずしも常識ではないと思い始めました。こうした変化への扉を開いたのが若者の「共感力」です。

心理学者のユングは、「感情は意識を形作る主要な要素である」と言いました。感情なくして、無関心の闇に灯をともすことはできません。作家のレナード・コーエンは「ひび割れを注意深く探せ。そこから光が入ってくるからだ」と書いています。[……]

皆さんは、バーナード大学で、女子大ならではの特別な教育を受けました。その教育のおかげで共学の大学を卒業した人たちとは違った未来を、違った視点から描くことができます。これこそが、女子大の卒業生の特権なのです。[……]

必ずしも、有名にならなくていいのです。お母さんやお父さんが誇りに思うような人間になれば、それでいいのです。心配しなくても、卒業式を迎えられた皆さんのことを、ご家族は誇りに思っていますよ。

皆さん、ブラボー! ご卒業おめでとうございます。

――『巨大な夢をかなえる方法 世界を変えた12人の卒業式スピーチ』(文藝春秋)

巨大な夢をかなえる方法 世界を変えた12人の卒業式スピーチ
佐藤智恵=訳
文藝春秋



さらにもう一冊

アーシュラ・K・ル゠グウィン
(小説家)
1983年 ミルズ・カレッジ

By Marian Wood Kolisch, Oregon State University – Ursula Le Guin, CC BY-SA 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=89862997

アーシュラ・K・ル゠グウィン(Ursula K. Le Guin)
1929年カリフォルニア州バークレーに生まれる。1962年に作家としてデビュー。斬新なSF/ファンタジー作品を次々に発表し、ほどなく米国SF界の女王ともいうべき輝かしい存在になる。SF/ファンタジー以外の小説や、児童書、詩、評論などの分野でも活躍。主な作品に、『闇の左手』、『所有せざる人々』、「ゲド戦記」シリーズ、「空飛び猫」シリーズ、「西のはての年代記」三部作など。ネビュラ賞、ヒューゴー賞、ローカス賞を何度も受賞しているほか、ボストングローブ=ホーンブック賞、全米図書賞、マーガレット・A・エドワーズ賞など数々の賞に輝く。

小説家のアーシュラ・K・ル゠グウィンが、ミルズ・カレッジで女性ばかりの卒業生を前に「左ききの卒業式祝辞」を述べたのは、1983年のことでした。冒頭で彼女は、卒業式はおおむね男性を想定していると指摘します。そして、もともと男性用にデザインされた卒業式のガウンは、女性を「キノコか妊娠したコウノトリ」のように見せてしまうと皮肉ってみせました。

皆さんは人間である以上、失敗に直面することもあるでしょう。失望、不正、裏切り、取り返しのつかない喪失に出会うこともあるでしょう。やがて皆さんは、自分では強いと思っていたところが、弱かったと思い知らされます。財産を所有するために働いていたつもりが、いつのまにか財産に所有されてしまっている自分に気づきます。皆さんは、すでにお気づきかもしれませんが、たったひとり暗がりで、おびえている自分を知るのです。

私が皆さん、そして私の姉妹や娘たち、兄弟や息子たち全員に望むのは、皆さんがその暗がりで生きていけるようになることです。合理性を重んずる成功主義の文化が、流浪の地、居住不可能な場所、異国と呼んで否定するような暗がりで、生きてゆくことです。

そう、私たちはそもそもよそ者なのです。女性は女性であるがために、この社会の男性によって打ち立てられた規範からほぼ排除されている、異質な存在です。この社会では、人間は「マン」と称され、尊敬すべき唯一の神は男性で、目指すべき方向は上昇のみです。ですからそれは、彼らの国です。私たち自身の国を模索しようではありませんか。[……]

私たちの社会において、女性は人生のあらゆる側面を生きてきました。無力、弱さ、病気、非合理的で取り返しのつかないもの、あいまいで受動的で制御のきかない、動物的で不浄なものすべてを含む人生を生き、それらの責任を負わされてきました。そしてそれゆえに、見下されてきました。そこは、影の谷、深み、人生の深淵です。[……]そう、それこそが私たちの国なのです。私たちの国の夜の部分です。昼の部分があるとしたら、[……]私たちはまだそこには到達していません。マッチョマンの真似をしても、決して昼の部分にたどり着くことはできないでしょう。私たちの道を行き、そこで暮らし、私たちの国の夜を生き抜くことによってのみ、たどり着くことができるのです。

ですから、私が皆さんに望むのは、女性であることを恥じることなく、サイコパス的な社会システムにとらわれた囚人に甘んじるのでもなく、原住民としてそこで生きてほしいということなのです。そこでくつろぎ、家を切り盛りし、自分の部屋を持って、自分自身の主人となってください。そこで自分の仕事をするのです。得意なことなら何でもかまいません。[……]そして皆さんが失敗し、打ちのめされ、苦しみと暗がりのなかにあるときは、暗闇こそが自分の国であり、自分の住んでいる場所だと思い出してほしいのです。そこでは戦争が行われることも、戦争に勝つこともありません。けれども、未来がある場所です。私たちの根っこは暗がりにあります。大地こそが私たちの国なのです。なぜ私たちは、祝福を求めて上を向いたのでしょう? 周りや足元ではなく? 私たちの希望は、そこにあったというのに。[……]目をくらませる光のなかではなく、滋養に満ちた暗がりのなかに希望はあり、人はそこで魂を育むのです。

だから私はここにいる 世界を変えた女性たちのスピーチ
アンナ・ラッセル=著|カミラ・ピニェイロ=絵
堀越英美=訳
フィルムアート社