まえがき:歴史上に偉大な女性芸術家はいたか?
1936年12月1日の晩、数百名の芸術家がニューヨークで逮捕された。政府による芸術家の解雇に対する抗議活動に参加したことが理由だ。まもなく拘置所で奇妙なことが起こった。すべての芸術家が登録時に、申し合わせたかのように偽名を使い、口から出まかせに歴史上のさまざまな偉大な芸術家の名前を言ってごまかしたのだ。その結果、「ミケランジェロ」が逮捕され、「ピカソ」も逮捕された。有名な芸術家の名前が叫ばれるたび、他の人は誰がまた面白い名前を選び取ったのかと、注意を払った。刑務官はきつねにつままれたかのようだった。
女性芸術家のリー・クラスナーもその晩の逮捕者の一人だった。彼女は印象派の画家、メアリー・カサットの名を選んだ。その後、彼女はこう回想している。「私には当時、あまり選択肢がなかったのです……ローザ・ボヌール〔19世紀フランスの女性画家〕でなければ、メアリー・カサットぐらいでした」。
「あまり選択肢がない」——クラスナーは無意識のうちに美術史の気まずい一面を口にしたのだった。
歴史上に有名な女性芸術家はいるのか? 答えは「もちろん」だ。しかし「偉大な」という形容詞をつけて同じ問いを発すると、答えに困ってしまうようだ。女性芸術家の名は美術史の「常識」の範囲にはない。もし高等教育を受けた人が王維〔中国・唐代を代表する詩人・画家〕やレオナルド・ダ・ヴィンチを知らなかったなら驚かれるだろうが、もし管道昇やフリーダ・カーロを知らなかったとしても、恐らく大したこととは思われない。フランスの印象派を紹介した本の中で、睡蓮を描いたクロード・モネに触れなかったなら大問題だが、ベルト・モリゾを取り上げなかったとしても、疑問視する人はそこまで多くはないだろう。たとえモリゾが印象派のグループ展に参加した回数は、モネよりずっと多かったとしても。
なぜそうなるのか? 女性芸術家たちは天賦の才に欠けているのだろうか? それとも彼女たちは自らの表現を人に見せ、印象づけるのが下手なのだろうか?
1971年、美術史家のリンダ・ノックリンが『ARTnews』誌に論文「なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか」(Why Have There Been No Great Women Artists?)を発表し、「偉大」という概念はそもそも、美術史のナラティブが意識的または無意識的にでっち上げた一種の神話であると指摘した。そのような神話においては、ある芸術家に才能があり、ゆえに偉大な作品を生み出し、歴史に名を留めるというのが動かしがたい成長モデルだ。しかし、偉大な芸術家になるために必要な条件は、才能だけではない。トレーニングの反復や、周囲の環境、および社会による一定以上の支持も含まれる。これらの前提条件はロマンティックさに欠け、いつも偉大な芸術家の伝説から削除されている。ノックリンはあえてこのように問いかける。「もしピカソが女だったら? 彼の父親はそれでも彼にあれほど注目し、期待しただろうか?」
多くの女性芸術家は、最初から学びの機会を得られなかった——ヨーロッパの多くの美術学校が19世紀になるまで女子学生を受け入れなかったからだ。もし彼女たちが幸運にも男性芸術家の娘やパートナー、もしくは助手であって、基礎的な美術教育を受けられたとしても、第二の難題である「ヌード」に遭遇した。女性芸術家がヌードモデルを使用することは、長い間ずっと絶対的なタブーと見なされていた。人体を生き生きと描いたり彫刻したりすることは西洋美術の重要な評価基準だが、彼女たちにはその競争における勝ち目はほとんどなかったのだ。
ノックリンの言葉は西洋美術史の学会を大きな驚きで包んだ。その時から、多くの人が歴史に埋もれた天才、隠された女性芸術家たちを掘り起こす努力を始めた。そして、気づいたのだ。美術史のほとんどすべての段階において、女性芸術家は確かに存在していて、常に自我と社会のしがらみを乗り越え、深い感動を与える作品を創作していたこと、そしてその後、急速に忘れられてしまったことに。
いつもそうなのだ。
ノックリンが論文を発表してから、すでに50年が経った。その間、無数の著書が歴史上の女性芸術家を再発見し、論じてきた。
では、なぜ私たちは、それでもこの本を出そうとするのだろう?
私たちの身近には、まだ体系的に美術史を学んだことのない友人が多い。友人たちはたいへん重要な問いをしばしば鋭く投げかけてくる。「なぜこの絵はこんなに高いの?」「なんでこんな『私でも描ける』レベルの作品が、堂々と美術館の門をくぐっているの?」「誰がある絵画を美しいと決めるの?」といった問いだ。通常なら美術史の教養書が回答を与えるのだが、そういった美術史の教養書は往々にして、意識的か否かにかかわらず、旧態依然とした偏見を含み、男性芸術家の視点のみで美術史を語っている。
私たちはこう考えた。もし女性芸術家という角度から美術史を整理して紹介したら、まったく新しい視野を提示でき、より多くの問題に答えられるかもしれないと。その問いとは「美術史がどう書かれるべきかは、一人の人間が決めるのか?」「芸術家が周囲の壁を突き破るには、どのような条件が必要か?」「芸術家にはビジネスセンスが必要か?」といったものだ。本書に出てくる女性芸術家は、誰一人として補足的な役割や例外的存在ではなく、また「ただ女性だったために」選ばれたのでもない。私たちは美術史において欠くべからざる女性芸術家を選んでおり、彼女らへの理解なくしては、美術史の全貌を理解することはできないのだ。
読者は本書を通じて、各時代の女性芸術家がどのように社会や個人の生活の限界を乗り越え、美術史の歩みを変え、世界を描く新たな方法を提示し、驚くべき作品を創作してきたかを知ることができるだろう。同時に、美術史上の興味深いエピソードも、数多く知ることができる。
私たちは本書が、誰にでもわかりやすく、面白く、たまに開くだけで有用な知識を得られるようなものであることを願っている。
本書は主に、女性芸術家の生い立ちによって構成されている。彼女たちの物語が始まる前に、まずは彼女たちが暮らした時代について紹介する。たとえばその時代にはどのようなスタイルが好まれ、どのように金を稼ぎ(そう、どの時代の芸術家も金が必要なのだ)、その時代の前衛芸術家はどんな問題を解決したかったのか、などだ。
私たちはそれぞれの女性芸術家の作品の心をゆさぶる点と、彼女たちの美術史に対する影響について詳しく述べるだけでなく、「人物」と「印象」のページも加えた。前者では女性芸術家への影響が深いか、彼女にとって必要不可欠な親しい人物を紹介し、後者では彼女の作品とスタイルが人に与える最も主要な印象について詳しく述べることで、一人一人にまつわるキーワードをスムーズにつかめるようにしている。
加えて、私たちは、省略も一つの力強い記述のスタイルだと考えている。女性芸術家の伝記を扱う際、私たちは故意に経歴の詳細をいくらか省略した。それらの細部はたいてい、女性芸術家の作品をフィルターで覆い、彼女たちが長い時間をかけ努力し、完成させた作品を、単なる感情の産物に見せかけたり、この種のフィルターを通してのみ、本当の意味で彼女の創作の源を理解できるのだと思い込ませるのに用いられてきた。そこで彼女たちの人生の経歴をふるいにかける時、私たちはただ一つの問いを投げかけた。「これは彼女の作品のすばらしさと関係があるだろうか?」もし答えがノーなら、いかに魅力的な話であろうと、私たちは故意にそれらの経歴を省略した。
最後に、私たちは本書に頻繁に登場する人物として、小さな「黒い人」を追加した。黒い人はどんな人にもなることができる。そして私たちの代わりにこの上なく天真爛漫で愛らしい問いかけをし、それに答えてくれる。史料が失われたために、肖像が見つからない人の代役も務める。この小さな黒い人が誰であれ、確実に言えるのは、本書で常に誰よりも旺盛な好奇心を持ち続けているということだ。
本書はコロナ禍のさなかに書かれた。交通が遮断されていたため、資料の収集には普段以上の困難が伴った。しかし多くの友人が助けてくれたおかげで、ついに本を完成させることができた。私たちの願いは、この本がよい叩き台となり、今後より多くの人々が、女性芸術家たちの物語をさらに完全なものにしてくれることだ。
何より伝えたいのは、読者のみなさんへの感謝の気持ちだ。この本を選んでくれてありがとう。女性芸術家やその歴史の出発点について理解したいのであれば、この本はきっとあなたを裏切らないだろう。
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