ためし読み

『演出をさがして 映画の勉強会』

まえがき

 本書は濱口竜介と三宅唱と私が続けている「映画勉強会」の記録です。
 「映画勉強会」とは、文字通り映画について勉強する会で、自分たちにとって今最も大事だと思える映画作家を取り上げ、その作品を自由にいろいろな角度から吟味していますが、特にその焦点は「演出」にあります。
 「演出」とは何でしょうか。
 私にはまだそれがよくわかっていません。濱口、三宅は映画監督ですが、模索中だといつも言っています。
 「演出」は、もともと演劇用語で、一般的な意味としては、まずもって演技指導のことを指しますが、それだけではなく、映画においてはカメラの前のあらゆるモノをどう配置してどう動かすか、ということを広く意味します。撮影に先立つさまざまな準備、特に生身の身体を用いて演技する俳優へのさまざまな配慮も、演出の重要な一部です。映画の「演出」は、一から十まで方法として定められているわけではありません。独創的な映画には独創的な演出があり、その内実がわかっていないことは多々あります。伝説ばかりが独り歩きしていることもあるでしょう。
 「演出」が画面に直接映ることはありません(カメラの前で監督が演出を披露するのでなければ!)。しかしながら、画面に映るほとんどすべては「演出」の産物です。カメラの前の人間が生き生きと輝くのも、台本にすでに書かれた出来事がまるでこの世界に初めて生まれ落ちたかのようにみずみずしく感じられるのも「演出」あってのことです。
 そのときなされている「演出」は何か。
 それが本書で繰り返される問いです。そのつど具体的な「演出」を見つけようとし、可能な限り明確な言葉を与えようと試みました。
 第5章と第6章は、それぞれ濱口の『ドライブ・マイ・カー』と三宅の『ケイコ 目を澄ませて』を取り上げ、その演出がどのようなものだったのか、撮影現場でどう見出されたかを、自身に語ってもらっています。
 ここまで詳細に、映画監督が自作の演出について語り、また、自分以外の監督の演出についての考えを述べた本はほとんどないのではないかと思います。
 おそらくそこには必然性があります。2人とも、映画づくりの一般的なやり方を根本から問い直し、一から自分のやり方を模索する姿勢の持ち主だったことも関係しているでしょう。そうせざるをえない状況と時期に映画をつくり始めたことも理由のひとつだと言えるかもしれません。私たち世代に、とりわけ映画の中の「身体」とその微細な身振りに注目する傾向があったことも無関係ではないでしょう。災害だけではない、さまざまな危機に繰り返し見まわれながら、ときにゆらぎ、傷つく身体が漏らす、そのささやき声を聞き取ることから何かが再開できるのではないか。私たちが共通して持っていただろうそんな小さな希望が、微に入り細を穿つような観察に賭ける姿勢へとつながっていたのかもしれません。
 そのようなわけで、映画に目を凝らし、知られているようで実はまだほとんど知られていない創造行為の核心に迫ることが本書では試みられています。

 この「勉強会」が始まった経緯についても述べたいと思います。
 私は濱口と、2011年の震災後の東北で、彼が記録映画をつくっているときに知り合いました。その後、濱口は神戸に移住し、劇映画制作のためのワークショップを開いているというので、話を聞きに行きました。そのとき、ロベール・ブレッソンの話ばかりになりました。この特異な映画監督について私はずっと研究しており、濱口もブレッソンの「演出」について調べて自分の映画づくりに生かそうと試行錯誤していました。このときの会話が、ひとつの大きなきっかけだったように思えてなりません。濱口の言葉はどれも具体的で、切実で、そのことがとても印象に残りました。現在進行形の映画制作の試みと、過去の傑作についての考究が、濱口ならではの仕方で同時になされていたことに衝撃を受けたのです。
 その神戸の劇映画を2015年に『ハッピーアワー』の題名で完成させた後、約1年間のアメリカ生活を終えて濱口が帰ってきたのが2017年のことでした。そのとき、勉強会をしませんかと持ちかけました。ブレッソンだけではなく、他の映画作家たちについて語る言葉を聞き出したいと考えたからです。
 そこに三宅唱が加わったのが、翌2018年。私と三宅は大学の映画サークルの先輩後輩の間柄で、古い付き合いでした。私が勤務する大学で「演出」をテーマにしたワークショップの講師をもう何年も務めてもらっていました。三宅の言葉はいつも非常に実践的で、こちらの蒙を啓いてくれるような刺激に充ちていました。私にとっては、最も身近な映画の先生、というような存在でした。
 3人で集まり、ある種の助走のように、ジョン・フォードとクリント・イーストウッドの映画を見て、話をしました。映画が動く、その最も貴重な瞬間を指摘し、何が起きているかを言い当てようとする、2人の言葉の掛け合いの面白さに唸りました。過酷でもあるに違いない創作の現場で仕事をする2人の間だからこそ言葉にしうることがあり、それを聞きながら、映画の見方、味わい方を一から発見し直している強い実感がありました。このとき、将来できる本のかたちが浮かび上がった気がします。フィルムアート社の旧知の編集者である薮崎今日子、田中竜輔も仲間に加わり、ではやりましょう、ということになりました。
 勉強会はその後も、ひと月かふた月に1度のペースで回を重ね(どちらかが撮影期間中はお休み)、すでに7年が経過しています。蓄積された記録は、順次書籍化してゆく予定です。
 濱口、三宅はこの7年の間に、世界的に知られる映画作家になりました。勉強会が始まった時点における三宅の最新作は『密使と番人』、濱口は『天国はまだ遠い』です。2人の映画作家はその後、刺激的な映画を次々と制作することになりますが、そのとき何を考えていたのか。それを知るための手がかりを、本書はたくさん含んでいるはずです。
 この本の制作にあたっては、読みやすさを配慮して「勉強会」の記録を編集し直し、加筆・修正を加えています。
 どこから読んでいただいても結構です。自由に、関心の赴くまま、気軽にページをめくっていただければ幸いです。あらゆる時代の映画に簡単にアクセスできるようになりました。取り上げられている作品を実際に見ていただくことをおすすめします。本書を映画入門のガイドブックとして使ってくださってもありがたいです。映像制作を志す方には、さまざまなヒントがあることでしょう。
 それから、こういう勉強会を自分たちもやってみようと思ってくださる方がいたら、それ以上に嬉しいことはありません。つねづね思っていたことですが、勉強会は非常に面白く、こんなに楽しいことはそうないとさえ思います。この楽しみがどうか伝わりますように。

著者を代表して

三浦哲哉

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演出をさがして 映画の勉強会

濱口竜介・三宅唱・三浦哲哉=著
発売日 : 2025年12月12日
2,600円+税
四六判・並装 | 424頁 | 978-4-8459-2500-1
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