世界累計発行部数100万部を突破し、脚本術のスタンダードとなっている『SAVE THE CATの法則――本当に売れる脚本術』。
本書にオビを寄せ、「今でも脚本を書く前によく読み返す、自分にとって大切な相棒です」と述べる、脚本家で小説家の吉田恵里香にインタビューを実施。連続テレビ小説『虎に翼』やアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』などの話題作を手がけてきた吉田が、本書から何を得て、どのように実践的に活用しているか脚本家としての生の声を聞いた。
また、『SAVE THE CATの法則』についてだけではなく、脚本家になるまでの過程やシナリオをいかに学んだか、インプットの方法、執筆時のルーティン、職業としての脚本家など、多彩なトピックを共有してもらった。
脚本をはじめ物語を創作する人に役立つことはもちろん、物語創作に悩んでいる人の肩や背中にそっと手を置く言葉に触れてほしい。
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――吉田さんには「生まれて初めて本屋さんで予約した本です。日本語翻訳版発売を泣いて喜び、手にしてからはずっと傍にあります。今でも脚本を書く前によく読み返す、自分にとって大切な相棒です」と『SAVE THE CATの法則(以下、SAVE THE CAT)』にオビ文を寄せていただきました。具体的にどのように本書に出会ったかお教えいただけますか?
吉田恵里香(以下、吉田) TSUTAYAの中の本屋さんで告知を見て。とにかく購入せねばと思い、自分のお金で初めて予約注文しました。当時、ハリウッド映画やハリウッド俳優がすごく好きだったので、ネットや雑誌で情報を得る過程で『SAVE THE CAT』のことを知ったんだと思います。当時やっていたmixiでも本書の情報に触れた気がします。当時の私の情報源は、TSUTAYAとmixiだったので。
――『SAVE THE CAT』の日本語版の刊行は2010年なのですが、どのようなタイミングで出会ったのでしょうか?
吉田 私は1987年生まれなので、大学を出た頃です。大学1年の終わり頃に、今の事務所(西田征史や高橋悠也が所属する脚本家・俳優事務所のQueen-B)で仕事を始めていたんですが、大学生の頃はほかの業種に就職するという選択肢も視野に入れていました。
――吉田さんは他のインタビューで教職免許を取得されているとおっしゃっています。教師という選択肢もあったということですね。
吉田 卒業が近づくなか、就活しないで脚本家の仕事をしたいと思ったんです。ただ父から3年で成果を出せなかったら脚本家は諦めろといわれて。この本に出会ったのは3年というリミットがあり、焦りがすごくあった時期でした。
BS2が私の基礎
――本書の前に脚本術の本を読むことはなかったんですか?
吉田 日本大学芸術学部の文芸学科を出ていて、映画の授業も受けていたので、まったく触れていないわけではないのですが、その頃の私に響くものがなくて。ただ当時は、構成の解説でいわれる「序破急」って言葉などに違和感があって。今思えば私の勉強不足以外の何ものでもないのですが、未熟な私は「そんな3つに分けれるかーい!」みたいな気持ちがあったんです(笑)。だから、もっと丁寧に構成について書かれているという噂の『SAVE THE CAT』を早く読んでみたいと思っていました。
――では、いわゆる脚本術の書籍で最初にしっかりと読み込んだのが本書だったということですね。
吉田 そうです。3年の猶予期間のなかで、うまくなって仕事をもらわなきゃと考えていました。『SAVE THE CAT』に出会う前は、脚本術の本ではなくハリウッド映画のシナリオ本を購入して、シナリオを学んでいました。本来は英語の勉強用のもので、シナリオが対訳(原文と訳文が併記されているもの)で掲載されていて。『スナッチ』や『あの頃ペニー・レインと』、『ダークナイト』など私が好きな作品のシナリオ本も多くあって、TSUTAYAや渋谷の丸善に新刊が出ていないかよく見に行っていました。英語の勉強はほとんどしませんでしたが(笑)、日本語のシナリオは本当に勉強になりました。
――シナリオ本だけでは足りないと思われたということですよね?
吉田 当時、基礎がほしかったんだと思います。基礎ができれば、そこから応用していくことができますし。その意味で、ブレイク・スナイダー・ビート・シート(以下BS2)は私のなかの基礎になりましたし、今でも活用しています。当時、巻き込まれ型の物語を多く書いていたこともあり、『デンジャラス・ビューティー』をBS2に当てはめて解説しているパートが私にとってどんぴしゃで、すごく勉強になりました。
――BS2は、三幕構成を発展させ、15のビート(ハリウッドなどで使われる用語で、キャラクターあるいは物語の流れを変える、物語中の1つのイベント)で物語を構成するための枠組みですが、執筆時によく活用されたんですか?
吉田 すごく使いました。10のジャンルも参考にしましたけど、BS2の特に「お楽しみ」や「すべてを失って」というビートは勉強になりましたね。「「お楽しみ」がないから愛せない登場人物になっているのかな?」とか、「「すべてを失って」がないから盛り上がりに欠けるのかな?」とか、シートに当てはめることで脚本をブラッシュアップすることができました。あと、自分の映画の脚本に当てはめていくと足りていないところや、順番を変えたほうがいいところ、登場人物の感情の流れがしっかり描けてない箇所などが見えてくるんです。「あ「迫り来る悪い奴ら」がないな」、とか、「「きっかけ」と「悩みのとき」が逆だな」とか、BS2という基礎があるので推敲がしやすくなるんですよね。
――映画ではなく、アニメやドラマでもBS2を参考にすることはありますか?
吉田 応用といった感じなのですが、全10話とか全13話とかあるなかで、全体を大きな流れとして見たときに、BS2を意識してそれぞれの話の役割をまとめることはあります。あと、私は30分のアニメでも一時間もののドラマでも、なんとなく7個ぐらいヤマが必要だと思っていて。起承転結という明確なくくりではなく、小さいことでもいいから7個ぐらいヤマがあると、退屈しないで物語が転がって、受け手の方も満足してくれる印象があって。そう感覚的に思うようになったのは、今振り返ってみればこの本を読んだからなのかもしれません。
エンタメを教えるエンタメ
――BS2以外で本書のなかで参考になったことはありますか?
吉田 ログラインは、映画の企画書をまとめるとき、かなり使っていました。駆け出しの頃、「テーマがわからない」とか、「個性がない」とか、「薄味だ」とか製作の方にいわれて、私も自分の味がないことが悩みだったんです。自分のやりたいことや本質は昔と何も変わっていないのに、今、逆の言葉をかけられることが少なくないので、「どういうこと?」と思います(笑)。企画書の段階で、テーマや内容が明確なほうが当然コミュニケーションを取りやすいので、ログラインにまとめるというのも、当時勉強になりました。今は自然とそれを行っているので、意識することはあまりありませんが。
――ログラインは、「どんな物語なの?」という質問に答えた1行の短文です。
吉田 学生時代から企画書は書いていたので、ログラインが重要ということは本書を読む前から気づいていました。やっぱり最初に言い切ることは、すごく大事だと思っています。まずは企画書や脚本を読んでもらわなくてはいけないので、「皮肉」や「イメージの広がり」といった本書で説明されている要素のあるログラインは大切だと思います。
――お話を聞いていると、予約時の期待には応えるものだったようですね。
吉田 はい。内容も参考になりましたが、軽い口調で書かれているところもよくて。格式張って「映画とは芸術である」と高尚なもののように書いているのではなく、「こうやったら、脚本を買ってもらえるよー!」っていうざっくばらんなスタンスなのも私に合っていて。エンタメの作り方を教えるこの本自体がエンタメになっているのがとてもいいですし、内容に説得力を与えているように感じています。
――たしかに、楽しく読めるというもの本書の大きな特徴です。
吉田 あとタイトルのキャッチーさもいいですよね。人物に好感を持たせるテクニックのことですが、このキャッチーさはエンタメにおいて重要だと思います。配信サービスによって、現在の作品だけではなく、過去の作品とも勝負しなくちゃいけない状況がより進行しているので、早めに好きになってもらったり、印象付けたりしないといけないのは事実です。だから、物語の冒頭でキャッチーさを発揮することは大事ですし、その点でもタイトルになっているこのテクニックは今後も大切になってくると思います。
やる気と言語化
――オビに「今でも脚本を書く前によく読み返す、自分にとって大切な相棒です」と言葉を寄せてくださったのですが、基本的に脚本を書く前に読み返すことが多いのでしょうか?
吉田 だいたい脚本を書き出す前に読み直すんですが、その場合も2パターンある気がします。意外と一番大きいのが、本当にやる気が出ないとき(笑)。やる気ないときって、脚本書かなきゃいけないのにスマホをいじっちゃったり、不要なことをしちゃったりするんです。そんなとき『SAVE THE CAT』を読み返すと、仕事をする気になることがあって。もうひとつは、アニメやドラマの脚本を執筆した後、映画の脚本に取り組むとき。アニメやドラマの脚本を書いている際、映画の書き方を一瞬忘れているんです。脚本という言葉は同じですが、実写とアニメでは、料理でいうと、パフェと寿司くらい心構えが違うんです。だからまず、それを思い出すためにパラパラと読み直したり、BS2に当てはめたりします。あと、「主人公のこと好きになれないなあ」というときに主人公について書かれている部分(3章)を読み返して、「ああ、これが足りなかったんだ」と気付きをもらったりします。
――なるほど。必要な部分だけ読み直しているんですね。
吉田 そうですね。内容も覚えていますし、自分に気合を入れたり、必要なところだけ読み直したりすることが多いです。でも、映画の脚本を書くときは基本的にパラパラと目を通しますし、繰り返しになりますが、BS2に一度当てはめてみます。型に当てはめることで足りない部分が見えてくるだけじゃなくて、自分のやりたいことが言語化できていくんですよ。脚本家は、個人ではなく集団で作品を作るので、言語化できないとディスカッションができないし、ディスカッションができないといい集団制作にならないんです。もちろん感覚だけで素晴らしい脚本が書ける人もいますし、ディスカッションが成立していないのにもかかわらず素晴らしい作品が生まれることはあります。でも、それは特例だと思います。基本的に脚本家には、集団制作を行うための言語化能力が求められるので、それを得るためにも、自分がやりたいこと、表現したいことに気づくうえでもこの本は役立つと思います。
――ちなみに本書以外で熟読された脚本術の本はありますか?
吉田 興味本位で購入することはあるのですが、熟読しているのは『SAVE THE CAT』だけです。脚本に関して私はこれで事足りているので。この手の本をたくさん読むことで縛られてしまうのもよくないと思っています。それに、この本に書かれていることを絶対的なものにするのもよくないです。迷ったときの救済策、灯台の明かりのようなものだと考えています。オールを漕ぐのは、あくまでも自分自身なので。
エンタメの近くに
――ここから、脚本家になる前のお話と、現在の事務所に所属してからのお話をうかがえればと思います。小さい頃から物語を作るのがお好きだったとか。
吉田 振り返れば、そうですね。物語だけじゃなくて、絵もですが、小さい頃から作ることが好きでしたし、それは今も変わりません。幼いときから物語を作る仕事がしたいと思っていました。母が毎晩、絵本の読み聞かせをしてくれて。あと、両親がよくレンタルビデオ店で映画を借りてきてくれました。父が突然『ゴッドファーザー PART III』のモノマネをするような家庭で(笑)。幼少期からエンタメが近くにあったことで、物語を作りたいと思うようになったのかもしれません。
――幼稚園のときに、パンダとコアラの夫婦の物語を描いた絵本を作られたと聞いています。『恋せぬふたり』や『虎に翼』を観てきた者としては、異種族の夫婦というのが、吉田さんらしいなと思ったんですが、さすがに深読みですかね(笑)?
吉田 (笑)。よくご存知で。通っていた幼稚園にパンダとコアラのぬいぐるみがいたんです。そのふたりのことがすごく好きだったので、モデルにして絵本の連載をしていました。今のご質問に通じるかはわかりませんが、親戚に「パンダとコアラが結婚しているのって変じゃない?」と質問されたのは強く覚えています。
――よく覚えていらっしゃいますね。
吉田 全部じゃないですけど両親が私の作ったものを残してくれていて。小学1年のときに初めて犬を飼って、レスポというメスの犬なんですけど。そのレスポの物語も絵本でたくさん描きました。レスポがレスロボさんっていうロボットと付き合う話をよく描いていましたね。あと、小学3年生のときに絵本を作る授業があったんですけど、そのときも絵本作りにめっちゃハマって。6ページの絵本を、小学3年生から小学6年生の頭ぐらいまでの約3年間連載していました。みんなが辞めたあとも私だけ続けていて。けっきょく百何十巻まで描いた気がします。『ひみつのやしきにいらっしゃい』っていう作品なんですけど。
――絵本を描かれたあと、マンガ家を目指すようになったと聞いています。
吉田 マンガを描くためのキットを買ってもらったんですが、パースを引いたり、服のシワを描いたりが苦痛で、あきらめてしまいました。今振り返ればそんなこと無視して描けばよかったんですが、そのためのパッションがなくて。そもそも絵本も含めて物語を作るのが好きだったと思い返し、小説へと移行していきました。
――小説はマンガと違い終わりまで書くことができたんですか?
吉田 私、日本大学の付属高校に通っていたんですけど、今も実施されている付属校全体で行う文芸コンクールがあって。それがモチベーションになっていました。高校のときは毎年小説を応募していましたね。基本は恋愛小説を書いていたんですけど、応募作で一度男子の友情を軸にした小説を書き、佳作をもらいました。たしか1人がバイクで事故死する話だったんですけど。作品そのものより、雑な書評を書かれて、すごいムカついた記憶のほうが強いです(笑)。
――幼少期から物語制作はずっと続けつつ、絵本、マンガ、小説と媒体は変わっていったんですね。
吉田 高校の頃から大学の初めの頃までは、ほんの少しだけ演劇もやっていました。絵や文章では物語を作っていましたが、お芝居を通ったことがなかったので、興味があったんです。私の高校の演劇部は活発ではなかったので、小学校の同級生が通う高校の演劇部に混ぜてもらうようになって。高2のときに有志で小屋を借りて、役者として出演しました。脚本はその同級生の子が担当していて、私はその後も4、5本くらい役者として出演しました。大学1年のときに初めて演劇の脚本を書いて、その作品を今の事務所の方が読んでくださったんです。
――その演劇はどんな内容なんですか?
吉田 演劇活動で知り合った方が、川崎の商業施設内にある多目的のホール「ラゾーナ川崎プラザソル」のこけら落としの前座のお話を持ってきてくれて、それで書いたものなんです。こけら落としの作品で使用するホテルのセットを使って、8団体ぐらいが短いお芝居をやったんですけど、そのひとつとしてホテルマンの話を描きました。
――初めて外部から設定を与えられて書く経験でもあったわけですね。
吉田 振り返るとそうですね。書くのはすごく難しかったですし、書き終わるのに時間がかかりました。偶然なんですけど、その後お世話になる西田征史さん作・演出『泥棒役者』からすごい影響を受けた作品なんです。ラーメンズの片桐仁さん目当てに足を運んだんですけど。その作品に影響を受けた戯曲を、西田さんが所属する事務所の人に見てもらうという謎構造になっていました。
――その作品を見た事務所の方にアルバイトとして誘われたということですよね。
吉田 そうです。もう少し細かくいうと、学生の頃はお金がないので、もぎりやパンフを置く当日制作というお手伝いをして、バイト代代わりにお芝居を観させてもらっていたんです。当日制作のなかで、今の事務所のマネージャーさんと知り合ってはいました。そのとき手伝いの人を募集していたので、履歴書と先程お伝えした演劇の脚本お渡しして、1年生の終わり頃から事務所のお手伝いをするようになりました。それで今に至るって感じなんですが、その当時は脚本家になりたかったというより、人生経験だと思っていました。エンタメ好きなので、作品が生まれる現場にいたいと思っていたんです。大学生の頃は文芸学部に所属していましたし、お手伝いを始めた頃は小説家になりたかったです。
――事務所のお仕事は西田さんのお手伝いが中心だったのでしょうか?
吉田 西田さんを含めた脚本家の人たちのお手伝いがメインでした。本当にいろんなことをしましたね。演劇だけじゃなく、テレビ番組のネタ出しなども行って。そこでいろんな経験を積めたので、それはよかったと今でも思っています。
――お手伝いを続けるなかで脚本家になりたいという気持ちが強くなった?
吉田 ビギナーズラックなんですが、横浜エフエム放送のラジオドラマのコンペに、大学2年のときに通って、わりとすぐにオンエアされたんです。それで、「自分はこの仕事が向いているんじゃないか」と勘違いしてしまって。ただ、脚本家になろうと決心したのは、最初に話した通り、就活を意識し出す頃でした。そのとき、『TIGER & BUNNY』(2011年4月より放送された西田征史シリーズ構成のテレビアニメ)のシナリオ打ち合わせも始まっていて、お手伝いだけじゃなくシナリオを書かせてもらえそうだったんです。このチャンスを逃したくないっていう気持ちはすごくありました。
わかった気にならないためのインプット
――シナリオ学校に通われるなど、脚本家になるための勉強は、事務所のお手伝い以外どのようなことをしていたんでしょうか?
吉田 『SAVE THE CAT』を読んだり、先程お話したハリウッド映画のシナリオを読んだりくらいです。あと大学生の頃は、レンタルビデオ店で旧作映画や海外ドラマを借りまくって毎日のように観ていました。海外の連続ドラマを観ながら、起きたことをとりあえず書き出すということもやっていましたね。とにかく若い頃は情報に飢えていましたし、多くのものをインプットしなくちゃいけないと1日に何本も映画を観ることも少なくなかったです。
――インプットでいうと1年に365冊本を読まれていたそうですね。
吉田 大学生の頃ですね。今も母校にある資料室に毎日のように通って、頁数の少ない本をあいだに挟んだりしながら、自分に課した課題をクリアしていました。その頃は、正攻法でほかの脚本家さんや小説家さんに勝負しても負けちゃうと思っていたので、とにかくインプットして少しでもいいから力をつけていかなきゃダメだと考えていましたね。
――1年で365冊読むだけじゃなく、レンタルビデオで映像作品も観ていたとなるとかなり大変ですね。
吉田 小目標を立てるのが好きなんです。1日1冊読むとか、1日1作観るとか、最近は目標を立ててコンスタントに作品と触れ合えていないのですが、学生の頃は小説家や脚本家という大目標のための小目標を着実にクリアしていくことを自分に課していました。
――その小目標をクリアしていくことで、脚本家として独り立ちできたわけですが、その後、プロになってからはどのようなインプットをしているのでしょうか?
吉田 結婚する前、20代半ばの頃は、ファストフード店で周りの子の話を聞いたり、電車の中で学生の方の会話に耳をそばだてたりしていたんですけど、「これって人のプライベートに踏み入れる行為じゃん」って自分のなかの意識が変わって、これがまったくできなくなってきて。そうするとインプットが難しくて。とにかくインプットにおいては「わかった気にならないこと」が一番大事だと思っています。表面的にはなってしまうのですが、今は若い方のTikTokやInstagramを見させてもらったり、知り合いの子から話を聞いたりしています。
――若い方のリアルな暮らしや人間関係をインプットしたいと思われているんですね。
吉田 多くのことが徐々に古くなっていき、自分がいいと思っているものも絶対にどこかで崩れたり古臭くなったりするのは間違いないと思うんです。それを必ずしも若者が生じさせるわけではないですけど、若い人がきっかけになることが少なくないと思っていて。たとえば若い人が電話したくないと思っているとか、そういう私の中にはないしんどさに目を向けないと「なんちゃって女子高生」みたいな登場人物を書いちゃう。もちろんそういうことを考えたり、学んだりしてできる限り生っぽい登場人物を書き出そうとしても、今の若い人に寄り添えてない部分が絶対に生まれちゃうとは思うんです。でも努力もせずに「こんなもんだろう」みたいに書いちゃうのが一番よくないと考えているので、できる限り見たり調べたりするようにしています。
――若い方以外で意識して接している方々はいますか?
吉田 最近、ありがたいことに講演会に呼んでいただけることが増えて、地方に住まれている方やその土地に根付いた文化に触れられることが多くて、すごく勉強になっています。それと講演会では市役所の方とか、議員の方とかエンタメ業界にいると関わらない人と会話できるんです。そういう小さな出会いや気づきの積み重ねで作品のなかに出てくる生っぽさが執筆するうえで大事だと思っています。私はノンフィクション作家でも、ドキュメンタリー監督でもないので、エンタメの創作を大事にしたいという前提のもとなんですが、作られたキャラクターだからこそ、ちょっとした生っぽさに受け手の方が反応してくれて、自分と地続きに感じてくれることがあると思うんです。それは大事にしたいです。
――「わかった気にならないこと」が吉田さんのなかで大切なんですね。
吉田 わかったつもりになることが一番やばいと思っています。専門的なことはもちろん絶対調べます。ただ日常的なことだとわかったつもりで描いちゃうことが多すぎるように感じていて。自覚的にフィクションとして、たとえば白馬の王子様とか、健気なヒロインとかを描いているのであればいいんですけど、わかったつもりで無自覚に書かれたキャラクターに出会ってギョっとすることも少なからずあるので。そういう人物を生み出さないためにもわかったつもりにならないように意識しています。
物語を書いて生きていくために
――インプット時に意識していることはうかがえましたので、執筆時のルーティンがあれば教えていただきたいです。
吉田 昔は、『SAVE THE CAT』に書かれているボードを執筆前に作っていましたけど、ボードは何度かやっていれば脳内で作れるようになるので。今はルーティン的にやっていることはないですけど、物語の始まりと終わり、受け手に伝えたいこと、作品のテーマを執筆前にしっかりと考えて、登場人物たちがそのテーマをちゃんと全部背負えているかは確認します。
――ルーティンは、現在はないとのことですが、書く気にならないときはどうするんですか?
吉田 先程いった通り『SAVE THE CAT』を読み直すのもひとつの方法ですが、締め切りとかに追われてない限りはすぐには書けないことが多いです。あとは、アニメを一本観るとか、録画していた朝ドラを観るとか、マンガを読むとか、エンタメに触れると書く気力が出てきますね。やっぱりエンタメって面白い!って感じると、すごくテンションが上がりますし、結果的にそのときが一番筆が乗りますね。
――アニメ、ドラマ、映画、小説とさまざまなジャンルで執筆活動を続けられているのは、その「エンタメって面白い!」という気持ちが強いからでしょうか?
吉田 それもあります。ただ、もっとシンプルに物語を書くことで稼ぎたいという気持ちを普通に持っています。いざとなったときに休めるぐらい稼いでおかないといけないと思っていて。それこそ映画は、企画自体がなくなることが少なくないので。脚本を書いた企画が消滅したとき、「まぁ仕方ない! いいですよ」っていえるようにしなくちゃいけないと思っています。「私、来年どうやって生きていけばいいんだ……」というふうにはなりたくなくて。だから並行して企画を進めているというのはあります。
――やはり、お金は重要ですよね。
吉田 私は自分を強い人間だとは思ってないので、生活の安定とか心の余裕が必要なんです。それがあるから、何かに寄り添えたり優しくあれたりする側面は間違いなくあります。あと夢がない仕事って絶対後継者が生まれていかないから、私が脚本家はいい仕事であることを少しでもいいから示して、若い人にこの仕事に夢を持ってほしいという気持ちもあります。
『SAVE THE CAT』は心の拠り所
――先程「この手の本をたくさん読むことで縛られてしまうのもよくない」というお言葉がありましたが、創作術の本について、どれぐらいの距離感で向き合うべきだと思いますか?
吉田 私は、筆が乗っているもののパワーは多くのものに勝ると思っています。理屈を超越するときもあるんですよ。だから、筆が乗っているときの自分を信じるというのも大切だと思います。『SAVE THE CAT』などの創作術の本は、筆が乗って書き切ってからBS2のシートと比べて調整するくらいの距離感のほうがいいと私は考えています。書く前から縛られちゃうのはよくないです。創作の説明書でも、魔法の書でもなく、あくまでも完成度を高めたり、自分の作品を言語化したりするためのサポートだと思っています。
――書くためというよりも人に見せるために必要になるというイメージでしょうか?
吉田 そうですね。物語を作ることを仕事にしようとしたら、「完璧」な作品を作れる超人的な人以外は、他者からの評価や感想から絶対に逃れられない。特に脚本家はプロデューサーや監督などに言葉で伝える場面が出てくるので、言語化して向き合わなきゃいけない。他者の意見を取り入れるべきときもありますけど、曲げちゃいけないときもあるので。そういったときになぜ変えてはいけないのかを言葉で伝え、コミュニケーションすることで信頼を勝ち取らなきゃいけない。そのときに創作術の本などで、自分の作品を客観視できていたほうが強いと思います。私は「完璧」な作品は作れないので、『SAVE THE CAT』をパラパラめくって、今も言語化能力を上げるようにしています。
――『SAVE THE CAT』を手にする方の多くが脚本家を志望されているのだと思います。最後に脚本家を志望されている方へのメッセージをお願いできますか?
吉田 残念ながら、日本は脚本家の地位がそれほど高くありません。それでも、脚本家になりたいと思ってくれる人がいるのはすごくうれしいです。私自身はこの仕事をしていて苦しいこともあるけど、基本的に楽しいですし、その楽しさをパッションにしてここまでやってくることができました。ただこの仕事を続けるには、自分の心を守るための防具や、戦うための武器が必要で、それをどれだけ持てるかが重要だと思っています。私にとって『SAVE THE CAT』は心を守り、自分の作品を成立させるための武器になっています。本書のような自分の拠り所になりうるものを何個も作って、自分や作品の柱を太くしてもらえたらと願っています。もうちょっといい業界にして、脚本家の地位が上がっていけばいいと思って私は生きているので、皆さんと一緒にこの仕事の地位を向上させて、なりたい職業ランキングのベストテンに入るぐらいできたらと思っています(笑)。
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吉田恵里香(よしだ・えりか)
脚本家、小説家。1987年、神奈川県生まれ。2010年、日本大学芸術学部文芸学科卒業。大学の頃より、現在所属する脚本家・俳優事務所Queen-Bに関わる。『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『生理のおじさんとその娘』などのテレビドラマ、『ヒロイン失格』『センセイ君主』などの実写映画、『ぼっち・ざ・ろっく!』『前橋ウィッチーズ』などのテレビアニメと、ジャンルを横断して脚本を執筆するほか、『にじゅうよんのひとみ』をはじめ小説も発表している。テレビドラマ『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞を受賞。2024年放送の連続テレビ小説『虎に翼』は社会現象となった。
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