ためし読み

『WindowScape[北欧編] 名建築にみる窓のふるまい』

研究の背景と目的
塚本由晴

2007年から始められた窓の調査は、これまで3冊の書籍にまとめられています。最初の『WindowScape──窓のふるまい学』では窓の形式の違いを生む背景として、気候と宗教の組み合わせを考え、人口が密集するユーラシア大陸の南の縁の東西にわたって伝統的な窓から現代建築家による窓までを採集し、窓に集まる自然要素のふるまいと人のふるまいの観察から、文化・慣習を色濃く映した窓のあり方を明らかにしました。続く『WindowScape2──窓と街並の系譜学』では、形式を共有する窓が通り沿いに反復されて街並みが形成されることを、窓のコモンズとしての現れと考え、世界遺産となっている街などの、街路に面して反復する窓の集合としてのふるまいを観察し、社会制度や生産体制の変化を吸収しながらも一貫性を崩さない、窓と街並みの関係を系譜学的に明らかにしました。さらに『WindowScape3──窓の仕事学』では日本の手仕事の現場を訪れ、不変の工程の中で職人とともに仕事をしている窓のあり方を、光、熱、蒸気、煙、湿気などの物理的存在と、道具や人の連関において明らかにしました。こうしたテーマの広がりは、調査開始当初から想定されていたわけではありません。ひとつの研究をまとめる過程で、どうしても外されていく事例や視点の中から、浮上してくる気づきを別の形にまとめていった結果です。これまでの調査では、よみ人知らずのヴァナキュラー建築を主たる対象とし、資源や気候や生業など地域に根ざした民族誌的な連関の産物として、窓の形式を読み解く想像力を培ってきました。そこでは近代以降の人々の平等や自由のように概念が先行するわけではなく、そこにある多種多様なふるまいの関係性が問題になります。その読み解きにふるまい学が役に立つわけですが、同時にこの読み解きの過程がふるまい学自体を整えてくれたとも言えます。

こうした調査を進める中で、産業革命以降の近代化、工業化の波が、どの地域においても原型的な窓に変節をもたらしていることが見えてきました。窓には風土や文化が色濃く反映される一方で、可動性を成り立たせるための高い精度が要求されるため、技術的な工夫が集中的に重ねられてきました。また現場ではなく工房や工場で製作されるので、部位の中でも特に建築の工業化に貢献してきました。日本建築を例に取るなら、紙と木でできた障子がガラス障子になり、アルミサッシや樹脂サッシになっていった過程も、引き戸の原型を維持した上での変節と言えます。これは民族誌的な連関にあった窓が、産業社会的な連関に移し替えられてきた20世紀特有の歴史です。実は私たちの暮らしそのものが、同じ歴史的変節を遂げたのでした。私は子どもの頃にアルミサッシが一般的な戸建住宅に導入されるのを目の当たりにした世代ですが、設計を始めた90年代はコンビニエンスストアも当たり前になり、もうすっかり窓も暮らしも産業社会的連関に組み込まれていたと思います。建築もますますガラス張りになり、窓がなくなり、機械空調に、すなわち電力に、すなわち化石燃料や原子力に頼る方向にいきました。建築の部品・部材は、高度に規格化された製品として大規模に生産・流通・消費されています。それは我々の暮らしを、身の回りにある資源を飛び越して、大資本でもなければアクセスできない、遠く地中深くにある資源に結びつけますが、私たちはそれを実感できません。しかし近年の度重なる自然災害や化石燃料からの脱却の機運の中で、産業サービスに依存しきるのではなく、身の回りにある資源でやりくりする自立自存の暮らしが試みられ始めています。それを支援するのは、ヴァナキュラーな建築の知性に学び、産業社会的連関を見直すハイブリッドな建築です。ところがヴァナキュラーな建築ではできていたことが、働き方や法規も含めた産業構造という障壁に取り囲まれて、できなくなっているのが現況です。便利さと引き換えに、身の回りの資源との間に障壁が築かれてきたのです(図1)。この障壁に気づき、これを崩し、溶かし、身の回りの資源にアクセスできるようにすることが、建築家だけでなく生活者の創造力を大いに引き出すことになるのではないかと考えています。

20世紀初頭の建築家たちの創造力を掻き立てたのは、実はこれと逆向きの、民族誌的連関から産業社会的連関への移行における衝突や摩擦でした。しかし、その創造力の発揮のされ方にも地域性がありました。いち早く民族誌的な連関からの解放として産業社会的連関を表現することでヘゲモニーを取ろうとしたドイツやフランスの建築家たちに対し、北欧の建築家たちは、民族誌的な質を捨てきれずに工業化を消化し不思議なハイブリッドをつくり出していったように見えます。ナショナルロマンティシズムと呼ばれる彼らの作品が現代を生きる我々にとっても味わい深く見えるのは、彼らが設計において、両者の連関の一方を切り捨てることをせずに、悩みながらもハイブリッドの中に新しい均衡を見出したからではないでしょうか。

窓のふるまい学の4冊目となる『WindowScape[北欧編]』は、北欧3か国を代表する6名の建築家の作品を、初期から晩期まで通して訪れ、民族誌的連関と産業社会的連関にまたがるハイブリッドな窓の実相を明らかにしていきます。

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WindowScape[北欧編]

名建築にみる窓のふるまい

東京工業大学 塚本由晴研究室=編
発売日 : 2022年9月6日
3,200円+税
A5判・並製 | 320頁 | 978-4-8459-2015-0
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