ためし読み

『キャラクター 登場人物の本質と創作の技法』

キャラクターは人間とはちがう。ミロのヴィーナスや、ホイッスラーの描いた母親〔「灰色と黒のアレンジメント№1:母の肖像」〕や、スウィート・ジョージア・ブラウン〔ジャズのスタンダード・ナンバーで歌われているとびきりの美女〕が生身の女性ではないのと同じように、キャラクターは実在の人間ではない。キャラクターは芸術作品である――感情を掻き立て、深い意味を持ち、記憶に刻まれる、人間の本質の隠喩である。それは作者の心の奥深くで生まれ、ストーリーの腕のなかでしっかり守られ、永遠に生きつづけるよう運命づけられている。

イントロダクション

多くの作家にとって、過去とは過ぎ去ったことなので、彼らは最新の時流に合わせて映画の製作や本の出版の機会を得ることによって、未来の動向をつかもうとする。作家が自分の生きる時代と同調すべきなのは当然だが、文化や美意識に流行り廃りはあっても、人間の本質にそのようなものはない。進化論の度重なる研究で明らかになったとおり、人間性というものは長いあいだ進化していない。四万年前に洞窟の壁に手形を押した男女がしていたことは、現在のわれわれがしていること――自撮りセルフィー――となんら変わらない。

何千年にもわたって、芸術家や哲学者たちは人間の本質を描き、研究してきたが、十九世紀後半からは、その本質の奥にある人間の心に科学が焦点をあてはじめた。研究者たちは、精神分析から行動主義、進化主義、認知主義へと人間の行動理論を発展させていった。こうした分析は、何十もの特徴や欠点にラベルを貼って分類するもので、その認識がキャラクターや登場人物に関する作家の創造的思考を刺激するのはまちがいない。とはいえ、本書は心理学の特定の学派を支持しているわけではない。多くの分野から考えを集めて、想像力や直感を喚起し、それによって才能ある人々に刺激や助言を与えようとしている。

本書のおもな目的は、架空のキャラクターの本質についての理解を深め、創作の技法を磨くことにある。それによって、主人公から脇役の第一、第二、第三のグループ、そして場面の片隅にいる名もない通行人に至るまで、複雑で類を見ない個性のある登場人物を考案できる。そのためには、作業のやりなおしは避けられない。章ごとに、そして、ことばを繰り返すごとに、いくつかの根本的な原則が新しい文脈のなかで響くだろう。わたしが同じ概念を繰り返し説明するのは、慣れ親しんだものであっても新たな視点で見直すたびに理解が深まるからだ。

以下の各章では、キャラクターの設計に関するほぼすべての考察を、二項対立の原則を土台としておこなう。キャラクターと人間、組織と個人、特徴と真実、外面と内面など、相対するものを手がかりにして考えていく。もちろん、その中間となる部分で、双方の色合いが重なったり混じり合ったりしてぼやけることはありうる。だが、キャラクターの複雑さを明確かつ容易に認識するために、作家には、対比とパラドックスに対する感性、つまり、創造の可能性を隅々まで明らかにできるような、矛盾を見分ける力が必要である。本書ではその技術を教える。

前作までと同様に、映画賞に輝いた作品やシリーズ、長短編小説、演劇やミュージカルから選んで、シリアスなものとコミカルなものの両方の例に言及していく。そういった現代の作品に加え、過去四十世紀に及ぶ創作芸術の世界の名匠――筆頭はシェイクスピア――が生み出したキャラクターも採りあげる。紹介する作品のなかには、読んだことや観たことがないものもあるだろうが、ぜひ学習予定に加えてもらいたい。

あらゆる時代からのキャラクターを例示することには、ふたつの意味がある。(1)具体例をあげる目的は、それによって目の前の課題を明確にすることであり、最も古い例がいちばん際立ったものである場合が少なくない。(2)自分の職業に誇りを持ってもらいたい。執筆することは、真実を語るという古来の気高い伝統を受け継ぐことにほかならない。過去の作品のすばらしい登場人物たちが、あなたがこれから書くものに足場を与えてくれる。

本書は四部構成となっている。

第1部 キャラクターをたたえて(第1章から第3章)では、キャラクターを創造するための着想の源を探り、すばらしい架空の人物を生み出す才能を磨くための基本的な作業を説明する。

第2部 キャラクターの構築(第4章から第13章)では、これまでにないキャラクターを創造することを求めて、まず外側から書く方法、つぎに内側から書く方法を考察し、さらに多様性と複雑さについて、最後に過激なキャラクターについて考える。サマセット・モームがかつて語ったとおり、「人間の本質からは題材が尽きることがない」。

第3部 キャラクターの世界(第14章から第16章)では、ストーリーのジャンル、キャラクターがとる行動、読者や観客とキャラクターの関係という三つの要素に基づいて、キャラクターの背景を説明する。

第4部 キャラクターの関係(第17章)では、小説、映画、演劇、ドラマシリーズから選んだ五つの作品の登場人物のさまざまな面を解読し、それらの設計にあたっての原則と技法を説明する。

本書全体を通して、キャラクターの宇宙を銀河系へ、銀河系を太陽系へ、太陽系を惑星へ、惑星を生態系へ、生態系を人間の生命の根源へと分解し、人類の神秘のなかにある創造的な意味を見いだす手助けをしていきたい。

ストーリーにせよ、キャラクターにせよ、どのように創作するかはだれも教えてくれない。創作過程には人それぞれに際立った相違があり、わたしから学んだことだけで執筆することはできない。この本では、ハウツーではなく、本質を紹介する。わたしにできるのは、全体と部分とその相互関係を示し、美学的原則を説明してそれを裏づける実例をあげることだけだ。そのようにして学んだことに、それぞれが自分の知力と嗜好、さらには長期にわたる創作活動を加えていかなくてはならない。わたしが手をとって教えることはできない。その代わりに、才能を開花させるための知識を提供しよう。だから、この本をじっくりと何度も読み返して、学んだことを吸収し、それを自分の作品にどう生かすかを考えてもらいたい。

本書は、キャラクターの複雑さに対する理解を深め、表現の特徴を観察する力を高めることを目標とする。着想が浮かばない暗黒の日々に、あなたが登場人物全体のあり方を考える手助けとなるだろう。

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キャラクター

登場人物の本質と創作の技法

ロバート・マッキー=著
越前敏弥=訳
発売日 : 2022年9月24日
3,000+税
A5判・並製 | 416頁 | 978-4-8459-2128-7
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