ためし読み

『読者を没入させる世界観の作り方 ありふれた設定から一歩抜け出す創作ガイド』(まえがき)

 わたしは、「べき」ということばが好きではありません。少なくとも、文章の書き方を指南すると称した本や、動画や講座において、このことばの使われ方が気に入らないのです。「べき」ということばが何度も繰り返されるので、うまく書くための客観的な方法があると考えてしまいそうです。さながら、執筆を司る神々が住まう神殿があって、そこで「著述の十戒」が生み出され、博識で賢き者だけがその意思を見定めることができるかのように。清らかで純粋無垢な願いが叶う本の執筆に挑戦する? よくもまあ。三幕構成を使わない? けしからん! 奥行きを感じない人物たちによる吸血鬼ロマンスを書く者よ、その身に災いが降りかかるであろう。

 わたしには個人的な見解があります。それを「執筆の哲学」とは呼びませんが(そんなふうに呼ぶと、文学理論の大家気どりのうぬぼれ屋と思われてしまいそうです)、わたしは、作家は自分が読みたいと思うストーリーを書くこと以外、作品においてなんの義務も負わなくていいと考えています。満足度の高いストーリーや、出版されるようなストーリーを書くために使える執筆のテクニックはありますが、それはかならずしも作家にとっての最終目標とはかぎりません。作家がストーリーを書く理由はごまんとあります。健全な精神や個人的な充足感を求めるためだったり、別の物語に対する愛情を示すためだったり(ファンによる二次創作小説のように)、あるいは、別の人のために書くことだってあります(〈パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々〉シリーズを執筆したリック・リオーダンのように。リオーダンは当初、ADHDと失読症を患う息子ヘイリーのためにそのシリーズを書きはじめました)。ですからわたしは、このシリーズを、どう書くべき・・かについての指南書ではなく、あるストーリーがなぜ読者を満足させ、あるストーリーがなぜそうではないのか、それについて議論するものだと考えています。

 本書では、「べき(should)」ということばを合計97回使っていますが、そのうち命令形を含んでいるのは17個だけです。71,000語からなる本全体で、4,200語に1回の割合で文章に関する指示があることになります〔すべて原書での文字数〕。わたしはこの「べき」ということばを軽く扱うことにしています。執筆する動機に「べき」が使用されないと、暗に価値がないと示されるように思えますが、それは完全にまちがっています。わたしにとって書くという行為は、実生活で扱った問題を処理することと言ってよく、それと同時に、他人を魅了するストーリーを執筆したいという願望の表れでもあります。そのため、わたしが生み出す登場人物はよく、わたしも扱ったことのある問題に直面します。それがどんな問題であれ、くわしく調べ、心理に深くはいりこみ、わたしの登場人物たち・・・・・・・・・・がどのように対処するかを見届けることで、問題を分解して扱いやすくすることに役立てています。ある意味、奮闘しているときの孤独感がいくらかましになる気がします。

 本書は、オンラインで発表した〈オン・ライティング〉シリーズに端を発します。2017年末、いまとはちがってビデオエッセイが全盛の時代のことで、執筆に関するビデオエッセイがとりわけ目立つようになっていました。それより前から、物語や構成、文章技法をテーマにするYouTuberは何人かいましたし、YouTubeを拠点としたライターや作家で構成されるAuthorTubeでは、10年近く本を題材にしてきました。2016年から2018年にかけて、同様のトピックを扱うYouTuberが爆発的に増え、動画は何百万回も再生されました。『ハリー・ポッターと賢者の石』の第一章がなぜあれほどうまく機能しているのか、そのことを解明しようと、実際の本をかたわらに置き、動画を視聴しながら熱心にメモをとることは、実に刺激的でした(ヒントJ・K・ローリングは、ストーリーに登場する主だったコンセプトすべてと、事実上すべての主要人物を、状況説明と悟られることなく巧妙に提示しています)。オタクの楽園とは、まさにこのことです。

 しかし、やがてある傾向に気づきました。そうした動画の大半は、インターネットの荒れ地やぬかるみに散在する「5つのヒント」記事のような内容だったのです。「最初の章を書くための5つのヒント。その1、主人公を紹介すること。その2、ワクワクするようなフックを使って書き出すこと……」。これらはヒントとしてはすばらしいものですが、実際には役に立ちません・・・・・・・。たしかに、作家は主人公を紹介しないといけません。ですが、どうやって・・・・・説得力を持たせればいいのでしょう。フックは便利なツールですが、どうやって・・・・・効果的なフックにするのでしょう。すぐれた本であれまずい本であれ、事実上どの本にもフックはあります。すぐれた本にするためには、ストーリーを展開させて緊張感を高めていくことが重要ですが、どのような問いを提示すれば効果的なフックとなるのでしょうか。多くの作家は、学術用語は知らなくても、このような基本的なことはすでに――たいていは直観的に――理解しています。つまり、こうしたヒントを知らない人であれば、ためになるのでしょうが、平均的な作家にとってはまるで役に立ちません。そのうえ、この手の動画は、たいてい特定のテレビ番組や最近公開された映画をテーマに扱っていて、つまり、どうやって・・・・・テクニックが成功したのかというよりも、ストーリーを題材にするものが多かったのです。

 ただ、そのようなコンテンツが悪いわけではないことは、はっきり言っておきます。わたしたちが大好きなストーリーを分析できる、新しくてすばらしいメディアであり、形式としては限界がありつつも、ビデオエッセイには価値があり、まだまだたくさんの可能性を秘めています。ただ単に、わたしが求めていたものではなかっただけです。わたしは、物語、ストーリー構成、キャラクターデザイン、世界観の構築について、たくさんの情報源を参照し、会話にじゅうぶんな幅を持たせながら、深く議論したいと考えていました。こうした議論は、5分間の動画にとどめずに、じっくり取り組む必要があります。

 長らく〈オン・ライティング〉シリーズを視聴されている人なら、このところわたしが、「5分間の動画にとどめない」議論を乱発していることをご存じでしょう。このようなことが、〈オン・ライティング〉シリーズを制作する動機となり、ひいては本書を執筆するに至る理由になりました。本書はこれまでの成果をまとめたもので、おまけも少しついています。動画の〈オン・ライティング〉シリーズは、漠然としていて役に立たないトピックについてではなく、非常にニッチで具体的なストーリーテリングの要素を、わかりやすく、こまかく分解し、満足のいくストーリーをどうやって・・・・・書くのかについて、明確で首尾一貫した、綿密な議論を組み立てて構成しました。

 驚いたことに、これがうまくいきました。なかでも、ハードマジックシステムという、この執筆業界でもあまり知られていないコンセプトを取りあげた動画の再生回数が、140万回を記録したのです〔2024年2月現在、290万回を超えている〕。このシリーズとわたしのことを応援してくださったすべての人に心から感謝します。シリーズは軌道に乗り、わたしのオンライン人生において大成功した瞬間を味わいました。わたしのやりたいことは、まさにこれです。教育はつねにわたしの情熱であり、〈オン・ライティング〉シリーズによって、おそらく最高の環境でそれを追い求めることができました。

 パトレオン〔動画配信サイトのコンテンツ製作者などを対象としたクラウドファンディングのプラットフォーム〕の支援者の皆さんには特に感謝しています。皆さんからの資金援助は、文字どおり、わたしが家賃を支払えるかどうかにかかわります。また、この本をまとめるように励ましてくれたり、表紙を手がけるアーティストを選ぶのを手伝ってくれたり、アートそのものを選んでくれたり、さらには、動画のサムネイル選びも手伝ってくれました(サムネイル選びは想像以上にストレスのたまる作業なのです――あきれてもらって結構です)。それと、わたしが執筆した本の一部をなぜか読んでくれたコートニーにも感謝します。その本は、わたしが10年間書いたり書き直したりした、できそこないのファンタジー小説です。ちなみに、その本はこの世から消し去ってしまったので、あなたが費やした時間はすべて無駄だったように思えるかもしれませんが、あなたが引きつづき投資してくれたおかげで、わたしは突き進み、YouTubeで動画配信するまでになりました。エリーのことも忘れられません。わたしのキャリアに欠かせない歯車役に徹してくれて、ほぼすべてのスクリプトに目を通し、物語を理解して貴重なフィードバックを与えてくれたことに感謝します。それから、ガールフレンドのローラと、両親のアンナとスティーヴにも心からの感謝を捧げます。両親はわたしをまるごと愛してくれて、夢を追いかけるように励ましてくれました。それは、子供の成長に欠かせないものです。

 動画〈オン・ライティング〉シリーズを書籍化したこの本が、ストーリーを組み立てるときに見過ごされがちなポイントを明確にする貴重な教材として役立つことを願ってやみません。

オタクなままであれ
ティム

『読者を没入させる世界観の作り方』「まえがき」より

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読者を没入させる世界観の作り方

ありふれた設定から一歩抜け出す創作ガイド

ティモシー・ヒクソン=著
佐藤弥生/茂木靖枝=訳
発売日 : 2024年3月26日
2,400円+税
A5判・並製 | 304頁 | 978-4-8459-2312-0
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