ためし読み

『「好き」を育てるマンガ術 少女マンガ編集者が答える「伝わる」作品の描き方』

問11 少女マンガの主人公に大切なものってなんですか?

「さあ、いざマンガを描こう!」となったときに何を描くか。もちろん物語や設定も大事ですが、同じかそれ以上に大事なのがキャラクターです。キャラクターが出てきて動いてしゃべってくれないと何も起こらないからです。皆さんが描くキャラクターたちが、皆さんの考えや思いを伝える代弁者にもなります。

中でも、少女マンガに限らず、主人公というのは一番大切なキャラクターになります。読む側は主人公を通して世界を理解し、ほかのキャラクターと関わり、さまざまな出来事を体験していくからです。それゆえにまた、連載が続く限りほぼ毎回ずっと描き続けていくキャラクターにもなります。

だからまず大切なのは、ちゃんと内面がわかる、想像できる、好きになれるキャラクターを主人公にすえることです。全然興味をもてないけど設定としては新鮮だからとか、編集に言われたからという理由で、自分がイメージできない、好きにもなれないキャラを主人公にしてしまうと、描いている間ずっと苦労するか、出落ちとも言いますが、出だしだけよくて早々に頓挫してしまうことになります。まずは一番理解でき、大切にできるキャラクターを主人公にすることです。

ちなみに、ほとんどのマンガ家さんが、主人公には自分の一部を重ね合わせていると思いますし、そうでなくとも必ずどこか自分が反映されているはずです。

主人公が大切な存在だとして、その主人公を作るうえで大切なものはなんでしょうか。最初に「キャラクターが動いてしゃべってくれないと何も起こらない」と書きました。その通り、主人公が動いてしゃべってくれないと物語が始まりません。主人公が自分のいる世界はどんなものなのか、感じて表現してくれないと読む側は世界がつかめません。

だから、主人公がどんなキャラクターなのかを決めておく必要があります。特に重要なのが主人公の意思決定のもとになる要素です。何を大事にしているのか、何を望んでいるのか、何が好きなのか、何がしたいのか。あるいは何が許せなくて、何が嫌いで、何を避けたいのか。

少女マンガの投稿者さんたちはよく、「優等生でまじめで寡黙」みたいな設定を考えてしまうのですが、それでは主人公がどんなときにどんなふうに振る舞うのかがさっぱりイメージできません。そういう見た目から感じる印象や雰囲気的なことだけではなく、もっと根本のキャラクターの主義や本質がわかることを考えてみてください。

例えば、ろびこ先生の『となりの怪物くん』の主人公・水谷雫は、1話目の冒頭でいきなり「年収一千万」という目標があることが描かれています。やれば叶えられることには努力を惜しまないけれども、それ以外のわかりにくいことには一切興味がない。そう育ってきた。彼女はかなり極端なキャラクターですが、望みや主義がはっきりしていると、ひとつひとつの出来事に対してどんな反応をするかがイメージしやすくなることを示す好例だと思います。

難しかったら、自分の友達や同僚、知り合いを、どんなときに「こんな人だとわかった」か思い出してみてください。一番その人を理解できたと思った瞬間に、なんでそう思えたのか振り返ってみるとヒントになると思います。

主人公の主義や主張、つまり造形に対して編集者がよく口にする言葉に「共感」と「活躍」があります。「共感できるキャラにしてほしい」とか「主人公を活躍させてほしい」とかです。僕も大昔はよくその言葉を使ってしまっていましたが、どちらももう少し丁寧に説明する必要があると今は思っています。

なぜそのふたつをよく口にするか。「共感」はもう少し丁寧に言うと、「シンクロ」の共感と、「肩入れ」の共感とがあります。

先ほども書きましたが、読む側は主人公を通して世界や物語を理解します。ですから、作者がそうであるように、読む側も、よくわからないどんなキャラクターか全然想像できない主人公だと迷子になってしまいます。読者は、主人公を自分と同じ感覚や感情の持ち主だと感じたいのです。「シンクロ」できる部分があるほうが、世界や物語に没入できるからです。ハイファンタジー作品ほど、冒頭に「お腹が空いた」とか「働きすぎてくたびれた」といった描写が多いのは、世界が現実と違うぶん、冒頭に誰でも「シンクロ」できる部分を作ろうとしているからです。

そして「肩入れ」できる部分があることによる共感。これは、マンガの連載が一般的にとても長い時間続くからこそ大切になります。もちろん、長い間惹きつけ続けられる物語やその展開も大切ですが、主人公に肩入れしたくなる部分があると、主人公がどうなるのか最後まで見守りたくなるからです。どこか肩入れできる部分をもたせることも考えてもらえるといいと思います。

ちなみに少女マンガではよく「応援できる主人公」が必要と言われるのですが、「応援」という言葉だと何かをすごく真面目にがんばっていないといけないといった圧が働き、キャラクターの選択に制限を加えてしまう気がするので、僕は「肩入れ」と表現するようにしています。

具体例をもう一度『となりの怪物くん』で書いておきます。1話目で、問題児の吉田ハルからみょうに懐かれてしまった雫が、彼が実は友達をほっしていて、だからこそ偽の友情に振り回されているところについ同情してしまうシーンがあります。冷血な彼女でさえ心を動かされてしまうところに「シンクロ」ポイントがあります。そして、一話のラストのほうで涙を流すハルに「たくさん人であふれるから」と励ますシーン。その雫の言葉に、読む側は雫もハルも、孤独なふたりのどちらもがいつか周りに人があふれるようになってほしいと「肩入れ」できるようになっています。

次に「主人公を活躍させる」のはなぜ必要か。何度も書きますが「キャラクターが動いてしゃべってくれないと何も起こらない」からです。何も、超大ピンチを切り抜けるとか、体育祭や文化祭で超ヒーロー的な行動を取るとか、そういう活躍を求めているわけではありません。とにかく主人公が何かしら動いてほしい。

では、なんでわざわざ「活躍」という言葉を使うのか。読む側は、いつもどんな人でも、最初から最後まで一生懸命に物語の全部を、何度も読んでくれるわけではありません。だから、よく読めばようやくわかることではなく、できるだけ端的に伝わることをしてほしいのです。

例えば昨日何があったかを誰かに話すとして、昨日あったこと全部を2時間もかけて話すより、一番印象に残ったことを3分にまとめて話すほうが伝わりやすいですよね。それと一緒です。「活躍」というのは、「できるだけ端的に」という意味です。

もうひとつ大切なのが、主人公は多くの場合、物語を通じて何かを獲得します。少女マンガの場合、片想いの相手に好きになってもらい恋を成就させるということが多いです。

何かを獲得するにあたって、なぜそれが獲得できたのか納得がいかないと、読む側は不満や物足りなさを感じやすいです。何もしてないのによいことが起こるのは「都合がいい話」と受け取られてしまいます。「活躍」というのは「納得のいくように」という意味でもあります。

まとめると、主人公に大切なのは、描く側にとっても読む側にとっても、ちゃんと理解できて好きになれて納得のいくキャラクターということになるかと思います。そのために主人公の感情や主義、意思がどこから生まれてくるのかを決めていくことが重要です。

《まとめ》
主人公は「シンクロ」と「肩入れ」というふたつの共感から、読者をひっぱっていく。だから、意思決定のもとになる要素をしっかり決め、「できるだけ端的に」それを見せていこう。

本書の推薦コメントをいただきました!

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あなしんさん

「マンガ制作の本は絵やコマ割りを学ぶものが多く、話作りやその他の悩みに答えてくれるものは少ないと思います。マンガ制作にとても大切な多角度から見れる目が増えると思います。世の中にステキなマンガが増えたら嬉しいです。」
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やまもり三香さん

すべての創作活動をする人に読んでほしい。マンガを描く悩みに真摯に応えてくれる本です。デビュー前の方から歴戦のプロの先生まで、編集しーげるさんの極意がここにあります!
ろびこさん

「好き」を育てるマンガ術

少女マンガ編集者が答える「伝わる」作品の描き方

鈴木重毅=著
発売日 : 2023年9月26日
2,000円+税
四六判・並製 | 360頁 | 978-4-8459-2122-5
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