ためし読み

クリティカル・ワード ゲームスタディーズ

はじめに

 ゲームは現代人にとってもっとも身近で、もっともありふれている娯楽といっていいだろう。だがそれにはとどまらない。ゲームは、現代のもっとも重要な文化であり、社会現象であり、また見方によっては芸術ア ートでもある。いまや世界のゲーム産業の収益は音楽産業と映画産業の合計を超えたといわれており、商品としてのゲームは、現代のビジネスと経済にとっても欠くことができないものとなっている。そうしたゲームを研究する総合的な学問分野、それが「ゲームスタディーズ(Game studies)」である。

 ゲームスタディーズは、ニューメディア研究やデジタルカルチャー研究の隣接分野として2000年前後に出現した、新しい学問分野である。言うまでもなくその成立は、1970年代以降に爆発的に流行したコンピュータゲームやビデオゲームの影響力を背景としている。だがゲームスタディーズの対象は、それらの「デジタルゲーム」には限定されない。カードゲームやボードゲーム、テーブルトップRPGなどの「非デジタルゲーム」(最近ではこれらが「アナログゲーム」と総称されることもある)の研究も、次第にそこに統合されつつある。非デジタルゲーム研究の歴史はデジタルゲームのそれよりもはるかに長く、カードゲームやボードゲームは、すでに19世紀以前から歴史学や考古学、民族学、人類学といった様々な分野で研究対象になってきた。また「遊び(play)」の研究は哲学や教育学や心理学での、スポーツの研究は体育学や教育学での、それぞれ長い歴史がある。ゲームスタディーズはそうした学問の蓄積も取り込みつつ、「ゲームと遊びを研究する総合的な学問分野」として生まれた、まさに21世紀の学問なのである。

 だがそうしたゲームスタディーズは、まだ新しく、かつ領域横断的な学問であるがゆえに、その全体像や位置づけが見えにくいものにとどまっている。ゲームスタディーズが大学の中でどの学部に位置を占めるべきかについてもコンセンサスはなく、国や地域ごとに多種多様な状況が展開している。例えば、北欧(デンマークやフィンランド)ではデザイン学部の中に、そして北米(アメリカやカナダ)では映画学部の中に、ゲームスタディーズのコースが設置されていることが多い。それに対して日本では、社会科学系や理工系の学部がゲームスタディーズをリードしている傾向がある。こうした状況はおそらく将来も解消されないだろう。なぜなら、そもそもゲームスタディーズは既存の「縦割り」の大学や学問の制度には収まらないからだ。

 今日のゲーム制作において要求される技能がきわめて多岐にわたる――プログラミングやコーディングから映像、シナリオ、世界設定、サウンドまで――のと同様に、ゲームの「制作(どう作られるか)」や「受容(どう遊ばれるか)」や「影響(どう拡がるか)」を研究するゲームスタディーズも、既存の学問分野には収まりきらない。文系でも理系でもない。実際、本書の4人の編者をみても、その専門分野やバックグラウンドは様々である。しかしだからこそ、ゲームスタディーズは面白さと可能性に満ちており、まただからこそ、本書のような入門書が必要なのである。極端にいえば、それぞれの研究者が自身の専門分野の中でそれぞれのゲームスタディーズに取り組んでよい。また本書を読んで閃きを得た読者は、本書を途中で投げ捨てて、直ちに自分なりのゲームスタディーズを開始してもよいだろう。しかし本書には、多彩な専門分野と研究テーマをもつ多くの著者が取り組んでいる現在進行形のゲームスタディーズが詰まっているので、最後まで目を通すのがオススメだ。

 本書は「理論編」「キーワード編」「ブックガイド編」の全3部で構成されている。本書の企画が立ち上がった段階では「キーワード編」だけで1冊にする選択肢もあったが、4人の編者と編集者で何度も編集会議を重ねるなかで、「理論編」と「ブックガイド編」の構想が追加され、結果的にきわめてユニークな3部構成の入門書となった。このようなゲームスタディーズの入門書は、これまで日本になかったことはもちろんだが、世界的にも前例がない。

 第1部「理論編」では、「ルール」や「メディア」、「遊び」といった、ゲームスタディーズにとって最重要ともいえる8つの概念をめぐって、4人の編者がそれぞれの見解を示した。「1つの項目を複数の著者が執筆する」というユニークな形式を採用したのは、重要な概念ほど、それを理解するためには、視点や力点の相違や多様性が有効だろう――むしろ1人の著者にすべて任せてしまうのは危険だろう――と考えたからである。読者もすぐにお気づきになるだろうが、同一の概念をめぐる解説でも、著者によって見解や力点の違いがある。読者は、複数の見解から自分の考えにもっとも近いものを選び出してもよいし、著者間での見解の不一致や「争点」を発見してもよい。そしてそうこうしながら最終的に、読者が自分自身の見解をもてるようになれば、編者の目論見は成功である。

 第2部「キーワード編」では、現在のゲーム文化やゲーム研究を理解するための27の項目が取り上げられている。項目の取捨選択にあたっては、数少ないながらも存在する日本語による類書(それらはいずれも本書の編者による)、および定評のある英語の類書を調査し、それらに含まれる項目を網羅的にリストアップした上で、独自の絞り込みと調整を行った。以下にそれらの類書を示すので、本書に満足できなくなった読者は、次のステップとして手にとっていただきたい。

[日本語]
●『ゲーム批評用語小辞典』(井上明人、オンライン、2002-2015年)
http://www.critiqueofgames.net/data/term.html
●『ゲーム研究の手引き』(松永伸司編、文化庁、2017年)
https://mediag.bunka.go.jp/mediag_wp/wp-content/uploads/2017/05/guide_to_game_studies_v2_public.pdf

●『ゲーム研究の手引きⅡ』(松永伸司編、文化庁、2020年)
https://mediag.bunka.go.jp/mediag_wp/wp-content/uploads/2020/03/game_guidance.pdf

[英語]
● Mark J. P. Wolf and Bernard Perron (eds.). The Routledge Companion to Video Game Studies. Second edition. NewYork & London: Routledge, 2023.(初版2014年)
●Henry Lowood and Raiford Guins (eds.). Debugging Game History: A Critical Lexicon. Cambridge, MA: MIT Press,2016.
●Mark J. P. Wolf (ed.). Encyclopedia of Video Games: The Culture, Technology, and Art of Gaming. Second edition. 3 vols. Santa Barbara, CA: Greenwood, 2021.(初版2012年)

 第3部「ブックガイド編」は、古典とみなされるものから最新の研究書まで、ゲームスタディーズの必読文献といってよい20冊を紹介している。もちろんここでは、それぞれの著作の概要をコンパクトに提示することを目指したが、読者はこれを読んでわかったつもりにならず、ぜひともそれぞれの原著を紐解いてほしい。なおここに日本語による文献が含まれていないのは、日本語で書かれた必読文献が存在しないためではなく、日本の読者にとっては馴染みが薄い、またはアクセスが困難だと思われる外国語文献の紹介に主眼を置いたためである。

 最後に本書の編者と著者についてふれたい。編者である井上明人、松永伸司、吉田寛、マーティン・ロートの4人は、専門分野も世代も国籍も(ついでにいえば好きなゲームも)バラバラでありながら、ゲームスタディーズを共通項として、これまでも様々なコラボレーションを行ってきた。「この4人」でなければ、本書は作れなかっただろう。フィルムアート社の薮崎今日子さんを交えて、本書の企画から刊行に至るまで定期的に行われた編集会議は、さながらそれ自体が濃密な研究会のようであった。なかでも、2023年9月にホテルアンテルーム京都で開催した合宿形式の編集会議は、本書の成立にとって重要なステップだった。本書の趣旨にご賛同いただき、快適なミーティングルームをご提供いただいた同ホテルマネージャーの豊川泰行さんにも、この場を借りて御礼を申し上げたい。また編者を除く23名の著者は、活動する分野も地域も、さらには職業もバラバラであり、このように全員が一箇所に名前を並べるのは本書がはじめてだろう。本書の企画には、ゲームスタディーズやその周辺領域にいる、日本語でアウトプットできる書き手を可視化したいという目的もあった。著者たちの今後の活躍にも注目したい。

 本書は日本のゲームスタディーズにとって「はじめの一歩」である。ここから「次の何か」が始まることこそが、編者全員の一致した希望である。そしてそのときには、いま本書を手に取っている読者もぜひプレイヤーとして参加してほしい。本書の入門書としての使命は、そのときはじめて達成されるだろう。

  編者を代表して
  2025年5月
                                          吉田寛

クリティカル・ワード ゲームスタディーズ

遊びから文化と社会を考える

吉田寛/井上明人/松永伸司/マーティン・ロート=編著
池山草馬/井出草平/今井晋/武澤威/岡本健/尾鼻崇/木村知宏/倉根啓/小林信重/近藤銀河/西條玲奈/髙橋志行/髙松美紀/竹本竜都/田中治久/谷川嘉浩/根岸貴哉/福田一史/藤田直哉/藤本徹/ムン・ゼヒ/山口浩/楊思予 =著
発売日 : 2025年6月26日
2,400円+税
四六判・並製 | 360頁 | 978-4-8459-2145-4
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