ためし読み

『ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法』

訳者あとがき

ロバート・マッキーは1941年生まれのアメリカ人で、世界で最も注目されているシナリオ講師と言っても差し支えがないだろう。マッキーは30年にわたって世界各国でライティングのセミナーを精力的に開催し、数々の脚本家、小説家、劇作家、詩人、ドキュメンタリー作家、プロデューサー、演出家などを養成してきた。受講生のなかには、アカデミー賞受賞者60人、エミー賞受賞者200人などなど、想像を絶するほどの数の著名な面々が並んでいる。

ほんの一部だが、例をあげると、ピーター・ジャクソン(『ロード・オブ・ザ・リング』『ホビット』など監督・脚本)、ポール・ハギス(『ミリオンダラー・ベイビー』脚本、『クラッシュ』監督・脚本など)、アキヴァ・ゴールズマン(『ビューティフル・マインド』『シンデレラマン』など脚本)、ピクサー・アニメーション・スタジオの脚本チーム(『トイ・ストーリー』『ファインディング・ニモ』など)がいる。俳優では、ジェーン・カンピオン、ジェフリー・ラッシュ、メグ・ライアン、ロブ・ロウ、デヴィッド・ボウイなど、こちらも数えきれない。

マッキーの指導を受けた者たちは、物語や劇的なるものに対する彼のあまりにも鋭く、あまりにも深い分析に敬意を表して、師を「現代のアリストテレス」と呼ぶという。そのマッキーが書いた前著『ストーリー』は、豊富な具体例に基づいて作劇術の基本から応用までを徹底的に論じた名著で、脚本家やその予備軍をはじめ、小説・演劇なども含めたあらゆる創作に携わる人々にとって、多くの国でバイブルとされてきた。

本書『ダイアローグ』はマッキーの2番目の著書であり、ストーリーを作るうえでとりわけ重要な要素であるダイアローグ(会話、台詞)に特化して書かれている。とはいえ、読了なさった人ならおわかりのとおり、ストーリーとダイアローグと人物造形は密接にかかわっていて、けっして切り離して考えられるものではないため、本書は前著に劣らず、作劇術全体についての秀逸な論考でもある。論を進めるにあたっては、映画、テレビ、演劇、小説という四つの媒体の相違を踏まえ、それぞれから選んだいくつもの作品の多角的な分析によって、すぐれたダイアローグとはどんなものか、そしてすぐれたフィクション作品とはどんなものかという問題について、その輪郭をみごとに浮き彫りにしつつ、明確な答えを導き出している。

たとえば、サスペンス型・蓄積型・均衡型といった台詞の構造の分析や、シーンを細かい部分(ビート)に刻んでアクション/リアクションや価値要素の変化を観察していく考え方などは、従来はなんとなく感覚的にとらえられてきた「よい台詞」「悪い台詞」の相違をきわめて論理的に可視化したもので、本書の白眉と言えるだろう。作品がどうやったらおもしろくなるか、つまらなくなるかが手にとるようにわかり、読んでいてこの上なく痛快である。

本書はもちろん、シナリオや劇作や小説創作の仕事に携わる人や携わりたい人にとって有用なガイドブックとなるにちがいないが、効率的でわかりやすい文章を書きたい人や説得力のある話術を身につけたい人などにとっても、きっと役立つだろう。また、映画、テレビ、演劇、小説をより深く楽しみたい人にとっても、新たな視点をいくつも与えてくれるはずだ。

なお、原文が英語の文法や語彙についてくわしく言及している箇所も少なからずあったが、翻訳にあたっては、あまりに日本語の論理とかけ離れた記述の場合は、日本語の実情に見合った表現に適宜改変したことをご了承いただきたい。

映画『アダプテーション』には、ブライアン・コックス演じるシナリオ講師ロバート・マッキーが登場し、セミナーで情熱的に語るシーンもある。マッキーは七十代半ばを越えたいまも精力的に活動し、各地で作劇の指導をつづけるかたわら、つぎの著書の執筆にも取り組んでいるらしい。日本でもその話を直接聞ける日が訪れることを祈っている。

ダイアローグ

小説・演劇・舞踏・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法

ロバート・マッキー=著
越前敏弥=訳
発売日 : 2017年10月25日
2,800円+税
A5判・並製 | 384頁 | 978-4-8459-1629-0
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