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プロが選ぶオススメの物語創作指南書3冊 研究者・小説家 溝渕久美子選

小説投稿サイトや動画配信プラットフォームが整備され、誰もが自分の物語を発表できる時代。わたしたちは、誰もが「作者」になることができる時代を生きています。しかし、わたしたちの身の回りには、すでに膨大な数の物語(小説、マンガ、映画、ゲーム、アニメなど)が存在しています。どうすれば、人を惹きつける物語を書くことができるのでしょうか。その悩みを解消すべく、これまで数多くの物語創作指南書が刊行されてきました。書店行けば、さまざまな切り口の、そしてさまざまな難易度の指南書が並んでいます。あまりにもその数が多いので、どれを読めばよいのか分からないという方も多いのではないでしょうか。そこで本連載では、さまざまなジャンルで活躍するプロの作家の方々に、各自の視点から「オススメの物語創作指南書」を3冊選んでいただきます。

今回選書していただいた溝渕久美子さん(@mizokumiko)は、映画シナリオを研究しながら、大学で映画史やシナリオのクラスを担当、そして2021年には「神の豚」で第12回創元SF短編賞優秀賞を受賞し小説家デビューを果たすなど、多方面にわたってご活躍中です。溝渕さんにとって「物語」は研究対象であるとともに、実作の対象でもあるのです。そんな溝渕さんの選書キーワードは、映画シナリオの世界で有名な「あの格言」です。それでは「映画研究者が選ぶ小説を書くための3冊」をどうぞご覧ください。


わたしは現在、アメリカと日本双方のサイレント映画時代の映画シナリオのライティングマニュアルや映画シナリオの投稿文化の研究をしながら、大学で映画学や映画史、シナリオに関するクラスを担当し、駆け出しの作家としてときどき小説も書いています。

アメリカでは、1900年代初頭から「見世物としての映画」から物語映画の製作へとシフトしていきます。最初は小説や演劇の映画化が中心だったですが、1907年に小説『ベン・ハー』の映画化による訴訟トラブルをきっかけにオリジナルの映画シナリオの需要が高まります。しかし、新しいメディアである映画には「シナリオライター」という職業は存在せず、最初はボードヴィルのライターを採用していました。やがて、業界の外からも投稿を募り始め、そうした状況を背景にして通信教育の創作学校が設立され、映画シナリオの指南本も出版されるようになります(のちに、日本映画を歌舞伎や新派をそのまま撮影したようなものからアメリカ的なものに改革したいと考えた人々の手で日本にも入ってきます)。それらを読んでみると、基本的な内容は現在出版されているものと驚くほど共通点が多く、現在も映画シナリオを書く際の一つの指標となっている「見せろ、語るな(Show, don’t tell)」に通じる、映像による描写法にも触れられています。

この「見せろ、語るな」は、直接的で説明的な表現を避けるという点で、映画だけではなく様々なメディアでの創作活動に応用できることも多いのではないかと思います。また、後述するように、個別の描写は作品全体の構成にもかかわってくるという理由からも、物語にとって重要な要素だと考えられます。そこで今回は、映画への強い関心を持っているわたしが自分の小説の創作に役に立てるという観点から、「見せろ、語るな」を扱う3冊を選びました。


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シナリオの基礎技術
新井一=著
ダヴィッド社

本書は1985年初版のため、挙げられる事例などが少々古くさく感じられるところはありますが、第6章から第8章までの「どうしても知っておかなければならない基礎技術」は、「見せろ、語るな」=描写法の点で学ぶところが多い本です。

第6章では映像の特性や映像で描写するのがどのようなことなのかをおさえた上で、ナレーションや字幕に加えて、人物の動作や台詞、小道具、シャレード(人物の一連の動作や人物どうしの一連のやりとり)などの技法、台詞の機能やその使用上の注意を説明しています。後の章では、だいたいここで挙げられた技法を軸に、人物や場面、時間・時間経過に関する情報を提示するための具体的な描写のテクニックを紹介していきます。特に紙幅が割かれているのは、人物の動作や台詞、小道具の使用、シャレードで、映像作品を作ることは視覚的な要素や聴覚的な要素を用いた緻密な描写なのだと理解できます。

また、本書では個別の描写のテクニックをいかに作品全体と有機的に結びつけるかが意識的に語られています。小説を書く際には、単調な文章による説明を避けるために何ができるのか、そのために個別の場面をどのように設定するのか、それが全体の構成にどのように関わってくるのかと敷衍できそうに思いました。

ここで挙げられているのはあくまでも映像作品のためのシナリオのテクニックなので、小説にはそのまま使えないものもあるでしょう。しかし、もし小説で使えるとすればどのような場合にどのような技法が使えるのか、またそれをいかに文章化していくのかを自分で考えるのもおもしろそうです。


場面設定類語辞典
アンジェラ・アッカーマン+ベッカ・パグリッシ=著

場面設定は映画シナリオにとって重要な要素です。作品の製作にかかわる人々が撮影場所や大道具・小道具、照明、撮影スケジュールを決定し、予算を算出するために必要不可欠だからです。また、物語にとっても、その場面がどういう場所かということが、時代や社会の様子、人物の設定に関わってくるため、視覚的・聴覚的な要素によって伝えなければなりません。小説では場面の描写は作品の豊かさや、読者の作品への没入感に関わるはずです。

本書は屋内外の様々な場所について、描写のために必要な視覚や聴覚等の五感に関わる情報、その場にいる人物、物語が展開する状況や出来事といった項目ごとに多様な情報をまとめてくれています。さらに、それぞれの場所についての注意点や、項目ごとに挙げられた描写に関する情報を用いた例文、その場所を舞台とすることで得られる効果も書かれています。原書は現代アメリカを事例にしたものなので、時代や国で記述の内容も違ってくるかもしれませんが、これを出発点にいろいろ調査するのも楽しそうです。

各場所のデータの中に「物語が展開する状況や出来事」という項目があることからもわかるように、本書の特色は、場面設定をそれだけのものとして扱うのではなく、登場人物の感情や葛藤、物語の誘導といったドラマの構築のために用いようとしている点です。それは、先ほど挙げた『シナリオの基礎技術』に通じる考え方ですし、こうした視点は、わたし自身が小説を書いていく中でもやはり有益だと思いました。

ためし読み
感情的なつながりを生みだす設定の作り方


感情類語辞典[増補改訂版]
アンジェラ・アッカーマン/ベッカ・パグリッシ=著

「悲しかった」「うれしかった」といった抽象的な感情も、映画シナリオのト書きにかいてもそのまま映像にはできない要素です。それらを映像よって伝えるためには、登場人物のアクション(俳優の演技)や台詞、身体反応による外見の変化を媒介しなければなりません。小説でも直接「悲しかった」「うれしかった」と書くよりも、こうした点に注意しながら描写していく必要があるのだろうなと思います。 

『感情類語辞典[増補改訂版]』では、様々な感情に合わせたその感情を描写していくための「外的なシグナル」「内的な感覚」「精神的な反応」「強度の、あるいは長期の感情を表すサイン」「隠れた感情を表すサイン」がそれぞれ多数列挙されています。例えば、「悲しみ」という項目では、それぞれ「泣きはらした顔や目」「胸が痛む」「独りになりたいと切望する」「食欲不振」「独りになるためにトイレに立つ、あるいは飲み物をとりに席を立つ」などです。

ためし読み
『感情類語辞典[増補改訂版]』の刊行にあたって
感情のパワー
『感情類語辞典』の使い方


フィルムアート社から刊行された「物語やキャラクター創作に役立つ書籍」を下記ページにまとめています。映画だけでなくゲーム・小説・マンガなどのジャンルにも応用可能です。脚本の書き方、小説の書き方に悩んでいる方はぜひご一読ください。