ためし読み

『性格類語辞典 ポジティブ編』

1. 究極の仕掛け
読者が応援したくなるようなキャラクターを生みだす

膨大な数の書籍が世に溢れている昨今、いきいきと魅力的なキャラクターが登場するユニークな物語を生みださなければならないというプレッシャーが、作家には大きくのしかかる。ボウカー社の統計[*]によれば、2010年度だけで実に300万点もの作品がアメリカで発売された。そのうち、自費出版された作品はなんと270万点にもおよび、業界においてこの部門が活発な成長を遂げているのが見てとれる。

こうしたフィクションの洪水の中、浮かび上がる作品もあれば、沈みゆく作品もある。目を引く表紙、卓越した編集、売り上げを伸ばすために綿密に計画して行われるマーケティング・キャンペーンをもってしても、帆に吹く風となるすばらしい物語がなければ、本は漂流する運命に追い込まれてしまう。では、大事な物語を支えてくれる丈夫な柱とはいったい何だろう? それは、どんな瞬間も心に響く魅力あるものにしてくれる、読者が関心を抱かずにはいられない多面的なキャラクターたちである。

読者を感情の旅へといざなう、リアルで今までに出会ったことのないようなキャラクターを作り上げるというのは、すべての作家たちの目標であるはずだが、実際にはそう簡単なことではない。まず、キャラクターの望み、動機、欲求、恐怖などを理解するために、人物の性格を徹底的に調べることが必須だ。また、ポジティブ/ネガティブな属性といったものも、よく練られたキャラクターを作る助けとなる。ネガティブな属性(欠点)は、物語の登場人物に人間味を与えてくれるだけでなく、その人自身が成長するために克服しなければならない事柄をももたらしてくれる。ポジティブな属性(美点)も同じように重視してほしい。なぜなら人間の性質上、私たちは相手の欠点に目を向けてしまうが、一方でもっとも高く評価するのは、その人の美点だからである。こうした称賛の気持ちを抱くようになって初めて、読者はそのキャラクターのことを応援する気になるのだ。

以上をふまえた上で、読者をすばやく強力に引きつける方法を習得しなければならない。読者の心を掴むためには、巧妙で興味をそそるような出だしに始まり、その勢いを止めないことにある。冒頭の段落において、読み手を引き寄せる手法はたくさんあるだろう。たとえば、主人公が目下直面している苦難を描いて同情を煽ったり、一か八かという重要な瞬間で幕を開けたり、次に何が待ち受けているのか知りたくなるようなミステリアスな場面から始めるのも考えられるのではないだろうか。

さて、このようなやさしい仕掛けで注意を引くことができるものの、これだけで展開していくには限界がある。キャラクターの苦難や苦悩といったものが同情の念を生むとはいえ、読者とキャラクターの間にきずなが生まれるのは、読者が心から共感できる場合だけだからだ。この主人公はどこか尊敬でき、称賛に値すると気づいてもらうためにも、関心を寄せるだけの価値がある主人公を作りだし、両者のつながりをできるだけ早い段階で築くことが大切だ。

では、共感を呼ぶことが読者とキャラクターを結ぶコツならば、早いうちにきずなを固定し、そのままブレないように保つにはどうしたらよいのだろう? 答えは簡単。ポジティブな面から見た主人公の性格を明らかにすることで、仕掛けをもう一押ししてやればいいのだ。

たとえば、ある冷淡な犯罪者が残飯を求めてゴミ箱を漁っている、というのは独特な出だしだ。しかし、読み手は彼が犯罪者だとわかっているので、自らが招いた不幸だと思うかもしれない。共感することもできないため、彼の境遇にたいした注意も払わない。

だが、彼がもしも、子どもの密輸組織から救いだした3人の孤児を養おうとしているとしたらどうだろう? 性格のポジティブな面を(優しさであれ、責任感であれ、弱い者を守ろうとする思いであれ)ただちにほのめかすことで、彼が一気に興味深い人物となり、読者は信頼に値する主人公の姿を垣間見ることができる。さらに、この新たな情報によって次のような疑問が湧いてくるため、キャラクターがますます興味をそそる人物となる。犯罪者であるならば、なぜ彼は子どもたちを救ったのか? どうして子どもたちのことを気にかけるのだろう? 何が彼に他人を助けようと思わせたのか?

どの傑作を読んでみても、物語の後半ではキャラクターのふるまいの裏に隠された「理由」が示されている。「言わずに、示せ」というのは今でも不変の手法だ。つまり、キャラクターの性格を明かすには、態度や行動で示すのがもっともよい、ということである。「理由」のおかげで、その人物が大切にしているモラルや価値観に光が当たり、読者はキャラクターの真の姿を知ることができる。主人公のポジティブな属性を披露すれば、たとえ好ましくない人物であっても、それまで隠れていた称賛できる要素を引きだし、もっとよく知る価値のある人物だと読者に伝えることにもつながる。キャラクターの行動や性格からすばらしい人物だというきざしが見えてくると、読者は感情移入するようになるのだ。

2. ポジティブ/ニュートラル/ネガティブな属性

人格の性質に関する理論はさまざまある。しかし、その見解に違いはあるものの、ある点に関してはほぼ意見が一致している。すなわち、人間とは「自分の道徳規範に沿った基本的な望みや欲求を満たす特徴が独特に組み合わさってできている」ということだ。家庭環境、遺伝、過去に経験したことなどによって、どのポジティブ/ニュートラル/ネガティブな属性が、どの程度現れるかが決まってくる。ポジティブな属性は欲求や望みを満たし、成長を後押ししてくれる役割を果たすもの。一方、ネガティブな属性はしばしば人物の進歩を妨げるものだ。状況によっては、それがポジティブなのかネガティブなのか判断しにくいこともあるが、これはとくにネガティブな属性というものが、傷つくことを避けて自分を守ろうとする当然の欲求から生まれるためである。物語だけに絞って言うと、主人公の属性は、その人の心の成長において重要な役割を果たすものなので、自分のキャラクターにとってどの属性がネガティブで、どれがそうではないのかをきちんとわかっておくことが、作家にとっては必須だ。

ネガティブな属性とは、相手との関係性を壊してしまうもの、あるいは最小限まで抑えてしまうものであり、他人のことなど考慮しない欠点のことだ。この特徴は、周囲に意識を向けるよりも自分のことを重視する傾向にある。この定義に従うと、「嫉妬深い」というのは明らかにネガティブな属性だとわかる。嫉妬の属性を持つキャラクターは、自分の欲求や不安にばかり焦点を当てているため、恨みや敵意によって相手を心地悪くさせることになり、関係性にもひびが入ってしまう(ネガティブな属性に関してさらに知りたい場合は、『性格類語辞典 ネガティブ編』を手にとっていただきたい)。

ポジティブな属性とは、個人的成長や、正当な手段を通じた目標の達成をもたらす美点である。このおかげで人との関係もさらに良くなるだけでなく、普通は相手にとっても何かしらためになるものだ。たとえば「気高い」というのは、性格の中でもポジティブな側に入りやすい。尊敬できるキャラクターは成功するために真っ当な手段を用いるし、その人柄ゆえに、他人に手を差し伸べずにはいられない。さらにその過程で、相手との関係性も向上させていくのである。

ニュートラルな属性とは、分類が難しいものだ。たとえば内向的、外向的、誘惑的といった属性は、主人公が目標を実現するにあたり、必ずしもはっきりとした役割を果たすわけではないかもしれない。しかし同時に、そのキャラクターの視野を広げ、自己発見をもたらすものでもある。ネガティブな属性が人を弱らせてしまう特徴である一方、ニュートラルな属性には著しくネガティブな影響力が見られないので、ここではそうした属性をポジティブな属性とともに収録している。

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性格類語辞典 ポジティブ編

アンジェラ・アッカーマン/ベッカ・パグリッシ=著
滝本杏奈=訳
発売日 : 2016年6月24日
1,300円+税
A5判・並製 | 272頁 | 978-4-8459-1601-6
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