ためし読み

『スタンダップコメディ入門 「笑い」で読み解くアメリカ文化史』

スタンダップコメディとは何か

スタンダップコメディの定義

 これまでさまざまな日本のメディアで「アメリカで活動する日本人スタンダップコメディアン」として紹介していただき、スタンダップコメディについて話してきたが、その多くで最初に聞かれたのは「スタンダップコメディとは何か」という質問だった。劇場はもちろん、テレビや動画配信サービスなどで簡単にスタンダップコメディにアクセスできるアメリカに比べて、日本では触れられる機会も少ないせいか、今なおこうした素朴な疑問を多くの人が心に抱いているのだろう。ハリウッド映画で、コメディアンがマイク片手に舞台上で何やら喋り、それに観客が爆笑しているというシーンを観たことがあったとしても、それが何なのかいまいちわからない、という声もよく聞く。
 今、日本語で「スタンダップコメディ」とグーグルで検索すると、約33万5,000件の項目がヒットする。その上位に表示されるいくつかのページで、「スタンダップコメディ」とは、という説明がなされてはいるものの、それぞれに内容は異なっており、その定義すら定まっていないようだ。また「スタンダップコメディ」という表記と「スタンアップコメディ(189万件)」という表記が混在しており、その呼称さえいまだ不確実だ。本書ではより英語の発音に近い「スタンダップコメディ」を用いることにする。
はじめに英語でのスタンダップコメディの定義を確認しておこう。『ブリタニカ百科事典』にはこうある。

stand-up comedy, comedy that generally is delivered by a solo performer speaking directly to the audience in some semblance of a spontaneous manner.
スタンダップコメディとは、一般的にひとりのパフォーマーが観客に直接語りかけ、ある種の自発的な方法でおこなわれるコメディのことである。(筆者訳)

 前半部分は極めてシンプルだ。パフォーマー、すなわち「スタンダップコメディアン」がひとりで舞台に立ち、マイク一本で、つまり言葉だけで観客に向けて話し、笑わせる、ということだ。では、後半部の「自発的に」とはどのような意味だろうか。この説明をするためには、あえてまず一度アメリカにおけるスタンダップコメディ以外の「笑い」について触れる必要がある。

コメディの三大ジャンル

 一般的にこちらで「コメディ三大ジャンル」と呼ばれるのが「スケッチ」「インプロ」そして「スタンダップコメディ」である。
 「sketch(スケッチ)」は日本でいうところの「コント」と同義で、一般的には複数の演者が、あらかじめ書かれた台本に則って、舞台上であるキャラクターを演じる短尺の芝居を意味する。日本語の「コント」という呼称は「短い物語、寸劇」を意味するフランス語の「conte」に由来するが、英語では「sketch」つまり「写生図、見取り図」という語を用いる。日常やあるシーンを切り取り、おもしろく「描写する」という意味合いが内包しているのだろう。アメリカにおける「スケッチ」は日本のコントと同様に、衣装や舞台美術、照明や音響を用いて観客に状況を可視化させるので、演劇的な効果を演出しやすい。テレビなどでは、セットを組んで、「sitcom(シットコム)」と呼ばれるより長尺の作品として制作されることもある。
 続いての「improv(インプロ)」は、「即興」を意味する「improvisation」を語源にし、日本語ではしばしば「即興劇」とも訳される。台本の用意されている「スケッチ」に対し、「インプロ」は舞台上で演者が観客から「suggestion(お題)」をもらい、場所や人間関係、職業などの設定をその場で作りながら、芝居を展開させるコメディだ。演者は「インプロヴァイザー」と呼ばれ、舞台上で観客のお題にすぐさま反応し、即興の芝居でもって作品を構築し笑わせる瞬発力が求められる。ちなみにこの「インプロ」は私が拠点を置くシカゴで生まれたコメディで、『ブルース・ブラザーズ』(1980)のジョン・ベルーシや、『ゴーストバスターズ』(1984)のビル・マーレイなど数多くのスターをコメディ映画に輩出してきた劇団「セカンドシティ」はその象徴のような存在だ。私自身もこれまで「セカンドシティ」でインプロヴァイザーとしても数多くの舞台に立ってきた。ちなみに、歴史的にはインプロの常設劇場はスタンダップコメディよりも前に作られている。
 「スケッチ」と「インプロ」が、演者が舞台上であるキャラクターを演じ、笑わせる芸能であるのに対し、「スタンダップコメディ」は演者が自らのまま、自らの言葉で観客に向かって芸を披露することが大きな特徴としてあげられる。だからこそ、そのパフォーマンスや作品には、独自性やアイデンティティ、そしてそのコメディアンならではの視点というものが求められる。また、観客とのインタラクティヴな対話という側面をある程度は持ち合わせつつも、基本的には、一方的に語りかけ、喋り続ける芸能であるがゆえに「自発性」も求められるというわけだ。
 ちなみにこれら三つのコメディの中で、現在もっとも広く受容されているのが「スタンダップコメディ」で、たとえばチラシに「Comedy Show」と書かれている場合、それはすなわち「スタンダップコメディ」のショーを意味する。スケッチや「インプロ」の場合は「Sketch Show」や「Improv Show」と表記されるし、スタンダップコメディとインプロが両方おこなわれるショーは「Variety Show(ヴァラエティ・ショー)」なんて呼ばれる。「コメディ=スタンダップコメディ」と認識されるまでに、アメリカにおけるスタンダップコメディはもっとも一般的なジャンルの笑いなのである。

独自の文化としてのスタンダップ

 ここまで論じたところで、「それでは日本の漫談とスタンダップコメディは何が違うのか」と疑問に思われる読者もいることだろう。実際、日本語で「スタンダップコメディ」と調べると「西洋漫談」という言葉で説明されているものも散見される。これは「漫談」という演芸そのものの理解にもよるところなのだろうが、これに関しての筆者自身の見解としては、スタンダップコメディと漫談は似て非なるものだと捉えている。
 これから述べていくように、作品の内容そのものはもちろん、歴史的・文化的背景、社会の受容、演者の身体性や、観客との関係性、そしておこなわれる会場の環境など、これまで日本で紹介されてこなかったスタンダップコメディの状況を知ることで、その特異性が見えてくるだろう。こうした特徴は、アメリカの社会やエンターテインメントと密接に結びつき、それぞれが連関しあいながら発展してきた。また、ここであえて筆者自身のスタンダップコメディについての定義を示すとすれば、「コメディアンが舞台の上で、自らの言葉で、自らの視点を笑いにして届ける芸能」ということになる。詳しくは本章でこれから論じていくが、コメディアンその人がその人であることの意義、魅力というのをもっとも体現した笑いの形態こそスタンダップコメディなのだ。

※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。

スタンダップコメディ入門

「笑い」で読み解くアメリカ文化史

Saku Yanagawa=著
発売日 : 2023年6月24日
2,200+税
四六判・並製 | 312頁 | 978-4-8459-2137-9
詳細を見る